神本を求めて

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『ここから先は何もない』山田正紀|『星を継ぐもの』に挑んだハードSFミステリ

国内SFの重鎮による渾身の一撃

 

作品紹介

山田正紀による『ここから先は何もない』は2017年に河出書房新社より出版された作品で、文庫版で450ページ程度の書き下ろし長編である。

日本SF界の大御所がオールタイムベストSF『星を継ぐもの』に”異議あり”を唱え書かれた作品のため、『星を継ぐもの』のオマージュが随所にみられるが、著者の集大成ともいえる内容となっており、ハードSF・本格ミステリ・冒険小説の要素が余すところなく盛り込まれていて、オリジナリティの高い物語に仕上がっている。

また当時60代後半のお爺さんが書いたとは到底信じられないほど、豊富なIT知識が披露されており著者の健在振りが見て取れる。只者ではない。

そんなハードSFと本格ミステリが融合した傑作について書いていきたい。

 

 以下、あらすじの引用

日本の無人探査機が三億キロ彼方の小惑星〈パンドラ〉で採取してきたサンプルには、なぜか化石人骨が含まれていた。アメリカが不当にも自国の管理下に秘匿したその化石人骨“エルヴィス”を奪還するために、民間軍事会社のリーダー大庭卓は奪還チームを結成する。天才的なハクティビストハッカー+アクティビスト)・神澤鋭二、早朝キャバクラでアルバイトをする法医学者・藤田東子、非正式の神父にして宇宙生物学の研究者・任転動、そして正体不明の野崎リカ。厳重な警備が敷かれた米軍施設から、“エルヴィス”を奪還することはできるのか。そして、三億キロ彼方の“密室”では一体何が起こったのか……?

 

ハッキング冒険活劇

『ここから先は何もない』は『星を継ぐもの』に挑んだ作品だが、中盤まではハクティビストハッカー+アクティビスト)と称される主人公が、アメリカに奪われてしまった三億キロ彼方の小惑星で発見された化石人骨を、ハッキングの技術を駆使して取り戻すという流れになっている。

そのため『007』や『ミッションインポッシブル』のような映画を見ているのと同じような感覚で楽しむことができる。ここで披露される著者のIT知識は相当なもので、ITに興味がある方や、ITエンジニアが読めば「このお爺さん(著者)はいったいどうなっているのだ...?」となることは必定である。だからといってマニアックで読みにくいかと言えばそんなことはなく、スマホを普通に使ってるような人なら問題なく楽しむことができるだろう。むしろ情報セキュリティの勉強になっていいと思う。当方インフラエンジニア寄りの技術者のため、血沸き肉躍るような高揚感を得ることができた。

 

スタンドアローン超絶密室

『ここから先は何もない』はどちらかというと、SFよりも本格ミステリに力が注がれた作品だと言えるのかもしれない。というのも本作で描かれる密室は、ある意味最大最強の密室と言えるからである。

冒険活劇が展開される一方で、三億キロ彼方の小惑星〈パンドラ〉で見つかった化石人骨を発見された経緯が描かれるのだが、そこでの密室事件が凄まじい。密室事件と言っても人が殺されるような殺人事件ではなく、以下のような内容である。

  • 三億キロ彼方の完全に断絶された宇宙空間で、無人探査機が本来の目標である小惑星の間近で突如制御不能になってしまった。制御が復帰するとなぜか別の小惑星に近づいていた。

突如制御を失ったというのは、ハッキングなどの攻撃を受けたと考えるのが妥当だろうが、そもそも無人探査機を攻撃する必要がないし、何より完全にスタンドアローン(何とも繋がっていない)な状況なので攻撃をできるはずがないのである。

これを読んで熱くなった方ならSFにあまり興味が無くても読む価値は十二分にある。ガストン・ルルー『黄色い部屋の謎』を引き合いに出しながら、謎解きされていく展開は超高品質な本格ミステリと言えるだろう。

そしてメインの謎は当然”化石人骨”の方なので、すた丼を食った後に二郎系ラーメンが出されるようなものである。気合いを入れて読まなければならないのだ。

 

無駄に個性的なキャラクター

『星を継ぐもの』のように化石人骨の謎に迫る研究チームが結成されるのだが、それが「果たしてその設定は必要なのか?」とツッコミを言わずにはいられない程度には無駄に個性的で魅力的なメンバーが集結している。

  • 神澤鋭二:主人公で天才的なハクティビスト
  • 大庭卓:民間軍事会社の経営者
  • 野崎リカ:正体不明の超スタイルの良い美女、強い。萌え
  • 藤田東子:早キャバでアルバイトをする法医学者
  • 任転動:任天堂(笑)、非正規の神父にして宇宙生物学の研究者

上の三人もそれなりに強烈なキャラクターなのだが、後半活躍する下の二人は無駄にインパクトのあるプロフィールを持つ。それが作中で何かキーになったかというとそんなことはなかったような....(笑)これは著者が面白いものを書いてやるぜ!というサービス精神なのだろう。どんなに優れたSFもミステリも肝心なエンターテイメント要素が弱くてはダメダメだと私は考えているので、こういうのは大歓迎なのである。

 

化石人骨”エルヴィス”

やっとたどり着いたメインテーマ。化石人骨”エルヴィス”の正体の究明こそが、本作の真の醍醐味を最大限に味わうことができるのである。

そして(もしかしたら違うかもしれないけど)、化石人骨が発見されたカラクリこそが、山田正紀が『星を継ぐもの』に待ったをかけるに至った箇所なのだろうと思われる。ここを書いてしまうと本作の楽しみを大いに奪うことになるので、どんな秘密があるのかはご自身でご確認いただきたい。(ネタバレを求めていた方はごめんなさい!)

ここまでの一連の流れの裏で潜む真相の深淵さは凄まじいものがあり、あんまり関係ないのかもしれないが、野﨑まど氏の『正解するカド』....というか『幼年期の終わり』が脳裏をよぎったりした。

超理論から導かれる壮大なスケールの真相は圧巻である。しかも最後の最後には『三体 黒闇森林』的な必殺技が披露されるので最後の最後まで、緩むことなく楽しむことができる。”ここから先は何もない”けれども何せスケールがデカいというのがポイント。

 

『星を継ぐもの』を超えたか

この記事を読まれた方は『星を継ぐもの』と比較してどうなのかが気になることと思われるが、比べるような作品ではないというのが答えである。

ハードSFと本格ミステリを核にしつつ、エンターテイメント要素を要素をこれでもかと注ぎまくったのが『ここから先は何もない』なので、物語の方向性も楽しむべき部分もまったく異なるからだ。国産SFミステリで面白いものをお求めなら読んで損はないだろう。

 

 

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『狐笛のかなた』上橋菜穂子|菜穂子が乙女ってる和風ファンタジー

縛りプレイ恋愛に心が締めつけられる(嘘)

 

文庫の装丁も良いけど単行本はさらにいとおかし

作品紹介

上橋菜穂子による『狐笛のかなた』は2003年に理論社より出版された作品で、文庫版で400ページ弱の著者にしては短めな長編である。

本作の特徴は昔の日本を思わせる国が物語の舞台となっていること、ファンタジー要素が上橋作品の中では強めなこと、上橋女神の乙女チックな側面が発揮されまくっていることだろう。また文庫本1冊で完結するというのも大きなセールスポイントである。

他の単発作品にはデビュー作の『精霊の木』や『月の森に、カミよ眠れ』があるのだが、この2作品は初期作品ということもあり、まだ粗削りな感じが否めない。しかし本作では安定の上橋クオリティなので万人に安心しておすすめすることができる。

それなりに恋愛要素がある上橋作品の中でも、『狐笛のかなた』は特にせつなく熱々な感じになので、そっち方面が好きな方にはたまらないだろうし、単発で終わらせるには惜しい魅力的なキャラクターがいるのも個人的には良い。そんな本作について書いていく。

 

 以下、あらすじの引用

小夜は12歳。人の心が聞こえる“聞き耳”の力を亡き母から受け継いだ。ある日の夕暮れ、犬に追われる子狐を助けたが、狐はこの世と神の世の“あわい”に棲む霊狐・野火だった。隣り合う二つの国の争いに巻き込まれ、呪いを避けて森陰屋敷に閉じ込められている少年・小春丸をめぐり、小夜と野火の、孤独でけなげな愛が燃え上がる…愛のために身を捨てたとき、もう恐ろしいものは何もない。

 

鶴の恩返し

『狐笛のかなた』は上橋版『鶴の(過剰)恩返し』である。

ただし鶴ではなく狐。それもただの狐ではなく、呪者に使い魔として使役される霊狐と呼ばれる霊的で戦闘能力の高い狐である。そんな霊狐の野火が超ピンチになっているところを偶然通りすがっていた主人公にして心の声が読めたり色々できる不思議系少女・小夜が着物をバッと開いて衣の中に狐を非難させて、そのままヤバ目な屋敷に逃げ込んで命を助けたところから物語は幕を開ける。それ以降人間の姿になるとイケメンの野火がひっそりと小夜を見守り、ピンチになるとさりげなく登場して助けてくれるという、上橋作品にしてはめずらしい胸キュン系(笑)な乙女物語なのである。

小夜もイケメン野火が助けてくれることにまんざらではないため、ラブラブしたいところなのだが、二人の立ち位置と呪者に使い魔とされている野火の境遇により、その恋愛は禁断の恋となってしまっていることにこの物語の素晴らしさがある。

世界観は明言されてはいないものの、平安時代あたり(全然違うかも)の日本が舞台となっていて、上橋女史の筆致や悲恋の物語と相まって、読んでいて本当に作品世界に引きずり込まれることになるだろう。

というか女の人ってイケメン狐と乙女な少女の恋愛がやたら好きな感じがするのだけど、上橋女史もだったのですなぁ。女性のこのカップリングフェチにはなにか理由があるのだろうか(笑) BLと狐×乙女だけは永遠の謎となりそうである。

 

手加減なしで創り込まれた設定

上橋作品と言ったら創り込まれていて、地に足のついた世界観のファンタジーが売りだが、『狐笛のかなた』もその例に漏れず、400ページ程度の尺で終わらせるには惜しいほどに世界観や呪者や使い魔などの設定が創り込まれており、登場人物もとても良キャラばかりである。

『狐笛のかなた』の物語では大国の中にある二つの小国が、憎しみあい争いを続けている。地位的に優勢な方の国に小夜は属しており、国力的には劣勢だが強力な呪者を抱えることにより戦力的には優勢な国に霊狐の野火は属している。大昔(と思われる)世界なので、強力な呪者の有無が勝敗を左右し、その呪者の主戦力が使い魔の霊狐である。野火は呪者に使役される使い魔の一人で、小夜とは戦わなければならない宿命にあり、呪者に逆らうと命を落としてしまうため、悲恋となるのである。

国や登場人物の背景を細かいところまで徹底的に、設定されているのでとにかく没入感が凄い。上橋女史は思いつきで物語を書き始めるということだが、それが信じられないくらいのプロットは毎度のことながら驚嘆するのみである。

 

玉緒(萌)

呪者は三人(匹かも)の霊狐を使い魔として使役しているのだが、その内の一人に妖艶な美女として描かれる玉緒というキャラクターがいるのだが、これがもうめっちゃたまらん良キャラなんです。

上橋作品といったら魅力的なキャラクターも数多く存在していて、個人的には『守り人シリーズ』のバルサやジグロ、『鹿の王』のヴァンやサエが特に好きなのだが(渋いキャラばっかり笑)、玉緒はそういったキャラクターとは異なるタイプでありながらも、勝るとも劣らない魅力を持っているのである。多作のキャラに例えるならば、『鬼滅の刃』の堕姫(お兄ちゃんが出てくる前)的な感じなので、男の読者が読むと大抵は好きになると思われる。しかもこの玉緒さん、敵キャラであるにも関わらず、かなり良い仕事をしてくれるため好感度はさらに爆上がりだ。何をやらかしてくれるのかは、ぜひ読んで確かめてみてほしい。

いや~...玉緒さんいいよ、玉緒さん。

ちなみに読書ブログだし一応書いておくと、この玉緒さん、私が生涯最高の作品の一つにしている『三体 死神永世』の最強萌えキャラとも通じるものがあり、やはりたまらないのです。

 

展開もラストも最高

400ページ弱で終わらせるにはもったいないほど創り込まれているだけあって、物語は無駄なくゴリゴリ進んでいくので、スピーディな展開を見せる。

小夜の出自が徐々に判明してきて、ますます野火との対峙が避けられなくなる一方、小夜と野火の相思相愛度が高まっていくなど、終始勢いがあるので読み始めたら最後まで読み通すことになる可能性が高い。

終盤の小夜と呪者が対峙するシーンはかなりテンションが上がるシーンであり、ファンタジー要素満載な結末も、何とも言えないが、どちらかというと幸福な余韻に浸ることができて、読んで良かったなぁと思えること間違いなしである。

 

ファンタジー好きにはマスト

上橋作品はファンタジーでありつつも、意外にもファンタジー要素は少ない作品が多いと思っている。『獣の奏者』以降は科学的ミステリーな要素が高まってきてなおさらその傾向が強いのだが、『狐笛のかなた』は文句なしにファンタジーしまくっているので、上橋作品にファンタジーを求めるのなら最高の選択肢になるだろう。

それと乙女チックな上橋女史を知りたい方にもマストな作品である。『精霊の守り人』を読んだ後に、大作に恐れをなして尻込みしているような方には、単発読み切りの傑作『狐笛のかなた』を強くおすすめしたい。

 

 

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『香君』上橋菜穂子|植物(稲)と虫の香りファンタジー

もはやファンタジーというより科学小説

 

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美しい世界に迫りくる”ヤツら”

作品紹介

上橋菜穂子による『香君』は2022年に文芸春秋社より出版された作品で、単行本の上下巻で900ページ級の大長編である。

ファンタジー界の重鎮である上橋女神は、これまでにも『守り人シリーズ』や児童文学と見せかけて子どもに読ませて良いのか怪しい『獣の奏者』、そしてこれまた児童文学を超越した医療ファンタジーの『鹿の王』という、これでもかというほど世界観が創り込まれたハイクオリティな作品を上梓されてきた。本作『香君』も安定の上橋品質で、上記の神作品群と比べても遜色ない超絶傑作に仕上がっているので安心して手に取ってほしい。

今回のテーマはおおまかにいえば”農業”である。上橋菜穂子が描く物語は、ファンタジーの皮を被ったガチ科学小説の傾向があるのだが、『香君』はその傾向が過去最高となっていて、架空の世界と現実にはない植物や虫、超人的な嗅覚を除けば、現実世界から大きく逸脱した部分はなく、SF好きの私からすれば『香君』を読んでいる時の感覚はまさにハードSF(科学がベースの本格的なSF)と変わらない。

そんな創造主・上橋菜穂子の新たなる代表作について語っていきたい。

 

 以下、あらすじの引用

遥か昔、神郷からもたらされたという奇跡の稲、オアレ稲。ウマール人はこの稲をもちいて帝国を作り上げた。この奇跡の稲をもたらし、香りで万象を知るという活神〈香君〉の庇護のもと、帝国は発展を続けてきたが、あるとき、オアレ稲に虫害が発生してしまう。時を同じくして、ひとりの少女が帝都にやってきた。人並外れた嗅覚をもつ少女アイシャは、やがて、オアレ稲に秘められた謎と向き合っていくことになる。『精霊の守り人』『獣の奏者』『鹿の王』の著者による新たなる代表作の誕生です。

 

THE・ページをめくる手が止まらない本

香君』は上橋名物”開幕早々ベリーハード”を惜しげもなく披露しているので、掴みはOKで一気に引き込まれる。その後に登場人物ラッシュや世界観の説明があるので少し手間取るかもしれないが、そこを乗り越えて世界観に馴染んでくると物語に強く引き込まれていくのは間違いない。

しかも第四章以降は怒涛の展開がひたすら続き、全体で900ページ近くある内の実に500ページ以上に渡ってページをめくる時間すら惜しくなるほどで、読み終わるまで何も他につかなくなるかもしれない。少なくとも私は下巻は一気に読み進めてしまったし、他の読者の意見を見ても、後半は一気読みしたというを多々見受けられるので、本作の破壊力は絶大である。

上橋作品は絶妙なミステリー要素が良い仕事をしていて、巧みに読みやめるタイミングを失わせるのだが、『香君』は上橋史上最強の徹夜本かもしれない。

 

洗練された完成度の高さ

上橋大先生は『守り人シリーズ』などのあとがきで、”ノリで書いてる”といった内容の発言をされていて、実際に『守り人シリーズ』や『獣の奏者』はそれなりに行き当たりばったりな印象を受けるのだが(もちろんノリで書いても完成度は高い)、『鹿の王』はそこそこ計算された感じがするし、それに続く『鹿の王 水底の橋』はミステリと言っても過言ではないほど計算された物語になっていた。

しかし『香君』は水底の橋の比ではないくらい物語がしっかりとまとまっていて、テーマも一貫しているので、脇道に逸れたりせず大団円を迎えるまで綺麗に物語は展開されていく。徹底的に”オアレ稲”という本作の世界において、神からもたらされたとされる、どこでも育つ代わりにオアレ稲を植えると他の植物が育たなくなる謎の性質を持つ稲の秘密に話が集約されているためである。

この奇跡の稲とオアレ稲をもたらしたとされる香君の威光により周辺の藩国を支配した帝国と、従来の農業から奇跡の稲に切り替えて依存してしまった諸国が、オアレ稲が訳あって不作になったことで直面する問題にどう対処するのかが、物語の軸となっていて、その問題に超人的な嗅覚を持つ主人公アイシャが苦心して立ち向かっていく様は、とても分かりやすく、そして非常に面白い。

 

気付けば好きになっているキャラクターたち

登場人物は長い物語に見合ったそれなりの数がいるのだが、メインキャラクターは超人的な嗅覚を持ち、香りで万物を理解できる主人公の少女・アイシャ、同じくアイシャほどではないものの優れた嗅覚を持つ帝国の重鎮マシュウ、そして常人並みの嗅覚しか持ち合わせないが活神である香君として担ぎ上げられたオリエの三人である。

もちろん他にも魅力的な登場人物はいるのだが、やはりメインは上記の三名である。そしてこの三人は、正直なところあまり読み進めていないうちは、これまでの作品の良キャラに比べたらイマイチ印象が薄いかなぁ...などと思っていたが、物語の終盤ではファンクラブを結成したいほどみんな好きになっていた。ちなみに皇帝や帝国の重鎮オブ重鎮の男もかなりの良キャラだと思う。

上橋作品が素晴らしいのは、徹底的に創り込まれた世界観だけでなく、魅力的な登場人物がいることが大きな要因だとあらためて認識した。私はこれまでに相当な数の小説を読んできたが、ぶっちゃけクソつまらない話でもキャラが良ければ万事問題なしということに気付き始めてきたので、最高の物語に魅力的な人物を想像する上橋大先生はチートなのだと思う。

 

人はそれをハードSFと呼ぶ

私は知性が感じられない小説が嫌いである。本を読んで人生を変えるといった残念な考えは甚だ不愉快だし、自己啓発本やビジネス本を読み漁っている人は心底軽蔑したくなってしまうのだが、それでも小説を通じて何か学べた方が良いとは思っている。つまり著者が労力を費やして、気合いの入った取材や大量の参考文献を読み漁って得た知識から書かれる物語が好きなのだ。

そんな私にとって『香君』はこの上ない素晴らしい作品だと言える。ファンタジーだからといってやりたい放題することは決してなく、むしろファンタジーにもかかわらず極めて現実的なのである。特別な性質を持つ”オアレ稲”という架空の稲を描きつつも、その性質を極めて科学的に分析していき、試行錯誤によって秘密を暴いていく様はもはやハードSFと言っても過言ではないし、そんじょそこらのSF作品よりも遥かにサイエンスしている。巻末に主な参考文献だけで20冊以上の本が挙げられているし、コネを使って参考にした書籍の著者とZOOMミーティングをして、より正確にすることに努めたというのだから脱帽である。

そもそも本作には上橋作品でおなじみの戦闘シーンが実質存在せず、ただひたすら”オアレ稲”を科学しまくっているので、SF好きだがファンタジーはあまり好きになれないという方には『香君』をぜひおすすめしたい。

 

新たなる代表作

本当はもっとモリモリ語りまくりたいが、ミステリー的な側面が強い本作ではあまりネタバレすべきではないと思うので、ぼちぼちまとめてみたい。

香君』はそこまで派手さは無いが、全体的な完成度の高さは他の作品を圧倒しているように感じる。また学者としての上橋大先生の能力が遺憾なく発揮されているので、著者自身の集大成のような印象を受ける。これからどのように評価されていくのかが心底気になる次第である。

 

上橋菜穂子は神説

これまで新潮社、講談社KADOKAWA、そしてこの度文芸春秋社に物語を与えたもうている。ひょっとしたら他の大手出版社のためにも、物語を温存していたりして....などとどうでも良いことを考えてしまうのだが、その考えはあながち間違っていなかいのかも。早川書房からSF寄りのファンタジーが出たら嬉死するなぁなどと思いつつ締めたい。

 

 

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究極の徹夜本15選|読みやすいおすすめ一気読み小説ランキング

睡眠時間を奪う罪深き物語

 

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徹夜本は天災に匹敵する

選定のルール

 
  1. リーダビリティの高さ
    どんなに面白い物語でも読みづらければ途中で寝てしまうだろう。
  2. 最初から最後までダレずに面白い
    ダレるシーンがあれば途端に睡魔が襲ってくる。
  3. 気になる謎がある
    一気読みせずにはいられない最も重要な要素。
  4. 読みやめるタイミングがない
    キリの良いシーンがあるとそこで栞を挟んでしまうだろう。
  5. ヤバいページ数
    一晩で読了してこその徹夜本なので5時間以上かかるのが最低条件。
    長すぎてもダメ。ズバリ450~600ページが最も危険なゾーン。

では徹夜本を紹介していく。ランキングでは読みやすさおもしろさ気になる謎を10段階評価で記載する。またページ数は原則文庫版の数字である。

 

15位  屋上 / 島田荘司(2016年)

 

自殺する理由がない男女が、次々と飛び降りる屋上がある。足元には植木鉢の森、周囲には目撃者の窓、頭上には朽ち果てた電飾看板。そしてどんなトリックもない。死んだ盆栽作家と悲劇の大女優の祟りか?霊界への入口に名探偵・御手洗潔は向かう。人智を超えた謎には「読者への挑戦状」が仕掛けられている!

 

読みやすさ:★★★★★★★★★☆

おもしろさ:★★★★★★★★★★

気になる謎:★★★★★★★★★★

ページ数:約560ページ

 

10位だがはっきり言ってかなり強烈な徹夜本である。

島田荘司と言えばミステリの神だが、そんな神がバカミス(おバカなミステリー)に本気を出したらどうなるのだろうか...?その答えがこの本である。

自殺するはずのない人々が次々に自殺していく魔の屋上。そこにはいったいどんな仕掛けがあるのだろうか。気になり過ぎて徹夜は確定だろう。しかしこの本の本当の面白さは登場人物たちの爆笑必至の掛け合いにある。その勢いたるやまさに漫才である。

ちょっとおバカ過ぎるので10位にしたが、睡眠時間を削りまくる危険な1冊である。

 

〇個別紹介記事

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14位  ガダラの豚 / (1993年)

 

アフリカにおける呪術医の研究でみごとな業績を示す民族学学者・大生部多一郎はテレビの人気タレント教授。彼の著書「呪術パワー・念で殺す」は超能力ブームにのってベストセラーになった。8年前に調査地の東アフリカで長女の志織が気球から落ちて死んで以来、大生部はアルコール中毒に。妻の逸美は神経を病み、奇跡が売りの新興宗教にのめり込む。大生部は奇術師のミラクルと共に逸美の奪還を企てるが…。超能力・占い・宗教。現代の闇を抉る物語。まじりけなしの大エンターテイメント。

 

読みやすさ:★★★★★★★★★☆

おもしろさ:★★★★★★★★★★

気になる謎:★★★★☆☆☆☆☆☆

ページ数:約1050ページ

 

クッソ面白い小説NO.1候補の超傑作である。

亡くなられてだいぶ経つので今ではやや知名度が落ちてきている中島らも氏。多彩な方で面白すぎるエッセーも多く書かれているが、そんな孤高の天才がエンタメに全力を注ぎ、かつ高い知性を遺憾なく発揮したのが『ガダラの豚』である。

あらすじを見ただけで面白いことは分かるだろうが、本作は3つのパートに分かれている。お笑い→冒険→サスペンスホラーである。日本推理作家協会賞を受賞している割に謎自体はさほど凄くないことと、3つのパートそれぞれのキリが良いので徹夜本としては9位にしたが、万人におすすめしたい素晴らしい作品である。

 

⇩ぜひ中島らもを知ってほしい!!

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13位  魔性の子 / 小野不由美(1991年)

 

どこにも、僕のいる場所はない──教育実習のため母校に戻った広瀬は、高里という生徒が気に掛かる。周囲に馴染まぬ姿が過ぎし日の自分に重なった。彼を虐(いじ)めた者が不慮の事故に遭うため、「高里は祟(たた)る」と恐れられていたが、彼を取り巻く謎は、“神隠し”を体験したことに関わっているのか。広瀬が庇おうとするなか、更なる惨劇が……。心に潜む暗部が繙(ひもと)かれる、「十二国記」戦慄の序章。

 

読みやすさ:★★★★★★★★★☆

おもしろさ:★★★★★★★★★☆

気になる謎:★★★★★★☆☆☆☆

ページ数:約500ページ

 

私が女性作家の中で最も崇拝している作家、主上こと小野不由美女史。

小野作品は基本的にじっくり堪能するタイプの作品が多いのだが、『十二国記』のエピソード0にあたる魔性の子は、ホラー/ファンタジー/ミステリーの要素をバランス良く備えていて、非常に一気読み要素が強い危険な作品になっている。

1人の青年の周りで次々を起こる祟りのような災厄はいったい何なのか。また人探しをする幽霊の正体とは一体。これを読んでハマったら十二国記へなだれ込むことは確定だ。そして『十二国記』にも徹夜級のヤバいエピソードがあるので、時間を忘れて読書に耽ることができるだろう。

まぁ私が本当に徹夜したのは『風の万里 黎明の空』と『白銀の墟 玄の月』なので、『魔性の子』を読んで『十二国記』興味を持ったのなら読み進めてみてほしい。

 

十二国記の紹介記事

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12位  粘膜兄弟 / 飴村行(2010年)

 

ある地方の町外れに住む双子の兄弟、須川磨太吉と矢太吉。戦時下の不穏な空気が漂う中、二人は自力で生計を立てていた。二人には同じ好きな女がいた。駅前のカフェーで働くゆず子である。美人で愛嬌があり、言い寄る男も多かった。二人もふられ続けだったが、ある日、なぜかゆず子は食事を申し出てきた。二人は狂喜してそれを受け入れた。だが、この出来事は凄惨な運命の幕開けだった…。待望の「粘膜」シリーズ第3弾。

 

読みやすさ:★★★★★★★★★★

おもしろさ:★★★★★★★★★★

気になる謎:★★★★★☆☆☆☆☆

ページ数:約480ページ

 

高次元のエログロバカと独創的な世界観を持つ超絶娯楽本である。

粘膜シリーズ』自体が非常に面白いのだが、三作目の粘膜兄弟は圧倒的だ。戦時中の大日本帝国的な架空の国と東南アジア的な戦地が舞台となっており、おバカな要素を抜きにしても、戦争冒険小説として途轍もない完成度を誇っている。

くびとまらぼうをながくしてまってます。 へるぷみー。”戦争に出陣した兄弟二人に召使のお爺さんが出した手紙の引用である(笑)

 

⇩我が布教したい作家NO.1。

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11位  ハサミ男 / 殊能将之(1999年)

 

美少女を殺害し、研ぎあげたハサミを首に突き立てる猟奇殺人犯「ハサミ男」。三番目の犠牲者を決め、綿密に調べ上げるが、自分の手口を真似て殺された彼女の死体を発見する羽目に陥る。自分以外の人間に、何故彼女を殺す必要があるのか。「ハサミ男」は調査をはじめる。精緻にして大胆な長編ミステリの傑作。

 

読みやすさ:★★★★★★★★★★

おもしろさ:★★★★★★★☆☆☆

気になる謎:★★★★★★★★★★★★★

ページ数:約520ページ

 

まぁお約束でしょう。

私は衝撃のラストやどんでん返し、叙述トリックを売りにした本格ミステリ小説は総じて嫌いなのだが、『ハサミ男』は本格ミステリとして優れているだけでなく、”特殊な性癖を持つ変態”を大満足させるという素晴らしい仕様となっている。

最初にこの本を読んだ時は”愛憎の射精”をしてしまうという貴重な経験をさせられた。個人的なふざけた紹介になったが、ハサミ男はミステリ慣れしてい方が読んだら感激し、ミステリ玄人が読んでも納得のいく一品で、物語自体が面白いのでまさに読み始めたら最後な徹夜本と言えるだろう。

 

 

10位  マリアビートル / 伊坂幸太郎(2010年)

 

幼い息子の仇討ちを企てる、酒びたりの元殺し屋「木村」。優等生面の裏に悪魔のような心を隠し持つ中学生「王子」。闇社会の大物から密命を受けた、腕利き二人組「蜜柑」と「檸檬」。とにかく運が悪く、気弱な殺し屋「天道虫」。疾走する東北新幹線の車内で、狙う者と狙われる者が交錯する――。小説は、ついにここまでやってきた。映画やマンガ、あらゆるジャンルのエンターテイメントを追い抜く、娯楽小説の到達点!

 

読みやすさ:★★★★★★★★★★★★★★★

おもしろさ:★★★★★★★★★★★★★

気になる謎:★★★☆☆☆☆☆☆☆

ページ数:約600ページ

 

人気過ぎて名前を出すのも恥ずかしいが、『マリアビートル』をランクインさせなければさすがに潜りになるのでしっかり紹介しよう。

伊坂作品はどうも筆致やセリフが気に入らずイマイチ好きになれないのだが、『マリアビートル』では芝居がかった台詞がむしろ良い仕事をしていて、登場する殺し屋たちがとても魅力的に描かれている。蜜柑檸檬とかホント最高。そして王子はゴミカスクズ。

内容は東北新幹線の中でそれぞれの思惑をもった殺し屋たちがドンパチをするという他愛ないものなのだが、当代最高峰のエンタメ作家が100%エンタメに特化した作品を書くとこうまで面白くなるのかというお手本のような作品である。

伊坂作品は結構ワンパターンなイメージがあるので、伊坂慣れする前に本作を読むべきなのだが、前作の『グラスホッパー』は必ず先に読んでおくことを推奨する。

 

〇シリーズ紹介記事

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9位  クラインの壺 / 岡嶋二人(1989年)

 

ゲームブックの原作募集に応募したことがきっかけでヴァーチャルリアリティ・システム『クライン2』の制作に関わることになった青年、上杉。アルバイト雑誌を見てやって来た少女、高石梨紗とともに、謎につつまれた研究所でゲーマーとなって仮想現実の世界へ入り込むことになった。ところが、二人がゲームだと信じていたそのシステムの実態は…。現実が歪み虚構が交錯する恐怖。

 

読みやすさ:★★★★★★★★★★

おもしろさ:★★★★★★★★★☆

気になる謎:★★★★★★★★★★

ページ数:約520ページ

 

徹夜本オブ徹夜本。一気読み確定の超傑作である。

この本はVR(仮想現実)という難しめなテーマを扱ったSFミステリーに分類される作品が、岡嶋二人(井上夢人)ならではの非常に高いリーダビリティと魅力的な謎によりスラスラと読めてしまう。

1989年に書かれたにも関わらず、今読んでも何の違和感も感じないので著者の先見の明が称えられているが、個人的にはこんな徹夜本を生み出してしまった著者が恐ろしい。VRドグラ・マグラを堪能してほしい。

 

クラインの壺が好きな方には岡嶋二人の一人、井上夢人氏の本がおすすめ。

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8位  香君 / 上橋菜穂子(2022年)

 

遥か昔、神郷からもたらされたという奇跡の稲、オアレ稲。ウマール人はこの稲をもちいて帝国を作り上げた。この奇跡の稲をもたらし、香りで万象を知るという活神〈香君〉の庇護のもと、帝国は発展を続けてきたが、あるとき、オアレ稲に虫害が発生してしまう。時を同じくして、ひとりの少女が帝都にやってきた。人並外れた嗅覚をもつ少女アイシャは、やがて、オアレ稲に秘められた謎と向き合っていくことになる。『精霊の守り人』『獣の奏者』『鹿の王』の著者による新たなる代表作の誕生です。

 

読みやすさ:★★★★★★★★★★★★★

おもしろさ:★★★★★★★★★★

気になる謎:★★★★★★★★★★★★★

ページ数:約900ページ(単行本)

 

読んだ方なら分かるだろうが正真正銘の徹夜本である。

上橋女史には『守り人シリーズ』のように物語そのものを楽しむ作風と、『獣の奏者』や『鹿の王』のように、物語だけでなく科学的なミステリーを探究する作風があるのだが、『香君』はまさに後者に属し、上橋作品の集大成ともいえる科学ミステリーとなっている。

物語そのものが面白いのは安定の上橋ファンタジーなので当たり前として、本作は読みやすさと気になる謎、そして文庫版なら1000ページを超えるであろう長尺なので、じっくり楽しみたいと思いつつも謎が気になって眠れない人にとっては、かなり凶悪な徹夜本となるだろう。

 

〇作品紹介記事

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7位  三体Ⅱ 黒暗森林 / 劉慈欣(2008年)

 

人類に絶望した天体物理学者・葉文潔が宇宙に向けて発信したメッセージは、三つの太陽を持つ異星文明・三体世界に届いた。新天地を求める三体文明は、千隻を超える侵略艦隊を組織し、地球へと送り出す。太陽系到達は四百数十年後。人類よりはるかに進んだ技術力を持つ三体艦隊との対決という未曾有の危機に直面した人類は、国連惑星防衛理事会を設立し、防衛計画の柱となる宇宙軍を創設する。だが、人類のあらゆる活動は三体文明から送り込まれた極微スーパーコンピュータ・智子に監視されていた! このままでは三体艦隊との“終末決戦"に敗北することは必定。絶望的な状況を打開するため、前代未聞の「面壁計画」が発動。人類の命運は、四人の面壁者に託される。そして、葉文潔から“宇宙社会学の公理"を託された羅輯の決断とは?

 

読みやすさ:★★★★★☆☆☆☆☆

おもしろさ:★★★★★★★★★★★★★★★

気になる謎:★★★★★★★★☆☆

ページ数:約650ページ

※単行本で文字びっしりのため日本の平均的な小説に換算すると1000ページはいくかも

 

人類最高傑作『三体』の第二部”黒暗森林”はまさに最強の徹夜本である。

第一部は個人的にはまぁまぁかと思っていたら、第二部は100万倍くらい面白くなっていて、ハードSFとして最強なのは言うまでもなく、人類を遥かに超越した三体文明にどうやって打ち勝つのかというミステリー要素が読む手を加速させまくる。

特に作中で時間が経過して宇宙艦隊が三体の先遣隊的な”あるもの”と対峙した時の驚愕と言ったら!!脳内麻薬が爆裂しまくってもはや睡眠は不可能だろう。

第三部はまた違った良さがあり、こちらも意識不明級の徹夜を余儀なくされるので、徹夜本をお求めなら三体シリーズで決まりだ。

 

〇三体三部作紹介記事

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6位  忍びの卍 / 山田風太郎(1967年)

 

時は寛永9年。三代家光の治世である。大老土井大炊頭の近習・椎ノ葉刀馬は、御公儀忍び組に関する秘命を受ける。伊賀・甲賀・根来の代表選手を査察し、最も優れた組を選抜せよというのだ。妖艶奇怪この上ない忍法に圧倒されながらも、任務を果たす刀馬。全ては滞りなく決まったかに見えたが…それは駿河大納言をも巻き込んだ壮絶な隠密合戦の幕開けだった。卍と咲く忍びの徒花。その陰で描かれていた戦慄の絵図とは…。公儀という権力組織を鮮烈に描いた名作。

 

読みやすさ:★★★★★★★

おもしろさ:★★★★★★★★★★★★★★★

気になる謎:★★★★★★★★★★★★★

ページ数:約550ページ

 

山田風太郎ファンの私が最も推す作品の一つである。

超面白い×超エロい×超真相が気になるという徹夜要素を持っており、ページ数も550ページ近いという問答無用の超絶徹夜本である。

半世紀以上前に書かれた時代小説であるため、時代小説に慣れていない方からすれば少々読みづらい部分もあるかもしれないが、荒唐無稽な面白さと勃起確実なエロ描写は確実に睡眠時間を削るだろう。そして何より本作が最強徹夜本であるポイントは衝撃の真相がラストで判明することにある。心の底からおすすめしたい作品。

爆笑して、射精して、号泣する。そんな小説である。(なんじゃそら)

 

〇作品紹介記事

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5位  白夜行 / 東野圭吾(1999年)

 

1973年、大阪の廃墟ビルで一人の質屋が殺された。容疑者は次々に浮かぶが、結局、事件は迷宮入りする。被害者の息子・桐原亮司と、「容疑者」の娘・西本雪穂―暗い眼をした少年と、並外れて美しい少女は、その後、全く別々の道を歩んで行く。二人の周囲に見え隠れする、幾つもの恐るべき犯罪。だが、何も「証拠」はない。そして十九年…。息詰まる精緻な構成と、叙事詩的スケール。心を失った人間の悲劇を描く、傑作ミステリー長篇。

 

読みやすさ:★★★★★★★★★★★★★★★

おもしろさ:★★★★★★★★★★★★★

気になる謎:★★★☆☆☆☆☆☆☆

ページ数:約860ページ

 

もはやお約束である日本一の作家の最高傑作。

ありとあらゆる点で最強の徹夜本となりうる作品なのだが、あえて4位にしたことには理由がある。それは本作は紛れもない大長編だが、同時に連作短編集の良さも持ち合わせているため、とにかくキリがいいシーンが多いのである。

さすがは東野圭吾、読者を徹夜させて日本経済にダメージを与えることまで考慮したかのごとき、構成の妙は小説の神にふさわしい実にユーザーフレンドリーなものとなっている。

ベストセラー作家を紹介しても意味がないという観点で、このブログでは東野圭吾宮部みゆきといった超絶ベストセラー作家の作品はあまり紹介しない方針だが、やはり『白夜行』は凄過ぎるので、挙げざるを得ないのである。

 

 

4位  ヘブンメイカー / 恒川光太郎(2015年)

 

高校二年生の孝平はバイクで事故にあい、気づくと見知らぬ町にいた。「死者の町」と名付けられた地で、孝平は他の人間とともに探検隊を結成し、町の外に足を踏み出す。一方、自暴自棄になっていた佐伯逸輝は、砂浜で奇妙な男に勧められクジを引くと―見知らぬ地に立ち、“10の願い”を叶えられるスターボードを手に入れる。佐伯は己の理想の世界を思い描くが…。『スタープレイヤー』に連なる長編ファンタジー第2弾!

 

読みやすさ:★★★★★★★★★★★★

おもしろさ:★★★★★★★★★★★★★

気になる謎:★★★★★★★★★☆

ページ数:約580ページ

 

異世界の神・恒川光太郎がファンタジー方面ですべての力を出し切った神傑作。

恒川光太郎と言ったらどちらかというと初期の異世界ホラーファンタジーな中短編で有名だと思われるが、彼の描く長編作品はいずれも超絶クオリティだということもぜひ知ってほしい。どれも甲乙つけがたい神本なのだが、徹夜本という観点で評するなら『ヘブンメイカ』一択だろう。

10の願いを叶えられるスターボー」の所有者となり、異世界に降り立った主人公がその願いをどのように使うのかというのが本シリーズの核なのだが、1作目の『スタープレイヤー』とは異なるミステリー要素を秘めたヘブンメイカーまさに言葉通りの徹夜本である。

なおヘブンメイカーはシリーズの2作目だが、1作目とは世界観を共有するだけで特に繋がりはないので、こちらを先に読んでもまったく問題なしである。でもスタープレイヤーも超面白いのでどちらも読んでほしい!!

 

恒川光太郎の長編は全部神だ!!

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3位  アトポス / 島田荘司(1993年)

 

虚栄の都・ハリウッドに血で爛れた顔の「怪物」が出没する。ホラー作家が首を切断され、嬰児が次々と誘拐される事件の真相は何か。女優レオナ松崎が主演の映画『サロメ』の撮影が行われる水の砂漠・死海でも惨劇は繰り返され、甦る吸血鬼の恐怖に御手洗潔が立ち向う。ここにミステリの新たな地平が開かれた。

 

読みやすさ:★★★★★★★★★★

おもしろさ:★★★★★★★★★★★★★

気になる謎:★★★★★★★★★★★★★

ページ数:約1000ページ

 

ゴッド・オブ・ミステリーこと島田御大が超本格ミステリーを完成させた作品。

『アトポス』は最初に200ページ超の作中作が挿入されるのだが、これがそもそも滅茶苦茶に面白い凄まじい一気読み作品になっている。独立して長編として出版してもバッチリ売れそうな作中作は、お馴染みのブラッディ・マリーの語源であり、血の公爵夫人と称されたエリザベート・バートリーを題材にした、超緊張感のあるホラー作品となっている。これだけで満足してしまいそうだが、ここからが神ミステリーの始まりで、完全に本格ミステリの限界を突破した超絶ミステリーが、不気味なホラー要素を伴い展開されていく。

私はこの本を仕事の忙しい時に読んでしまい、少しでも読む時間を確保すべく風呂でも読んだため、文庫版はしわくちゃになってしまっている。思い出の作品だ。

 

 

2位  欺す衆生 / 月村了衛(2019年)

 

戦後最大の詐欺集団、横田商事。その崩壊を目撃した元社員の隠岐隆は平凡な生活を志したが、同じく元社員の因幡充からの執拗な勧誘を受け、嫌々ながら再び悪事に手を染める。次第に昏き才能を開花させる隠岐時代の寵児として調子づいてゆく因幡。さらには二人の成功を嗅ぎつけ、経済ヤクザの蒲生までもが加わってくる。口舌で大金を奪い取ることに憑かれた男たち。原野商法から海外ファンドにまで沸騰してゆく遊戯の果てに見えるのは、光明か地獄か。

 

読みやすさ:★★★★★★★★★★★★★★★

おもしろさ:★★★★★★★★★★★★★★★

気になる謎:★★★☆☆☆☆☆☆☆

ページ数:約725ページ

 

これはマジでヤバい徹夜本である。もはや睡眠妨害兵器である。

月村了衛と言ったら私の中でエンターテイメントに魂を売った作家として認識しており、物語から言葉選び一つ取っても、とにかく読者を楽しませようとする気合を感じるのだが、『欺す衆生』はその気合いが一段と放たれており、娯楽作品として一つの完成形と言っても過言ではない。

冗談ではなく、読み始めたら最後まで止めることができなくなる物語であり、読みやすい文章に、終始途切れない圧倒的な面白さ、そして危険極まりないページ数と徹夜本としての素質を高いレベルで持ち合わせた超エリートである。

 

〇作品紹介記事

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1位  新世界より / 貴志祐介(2008年)

 

ここは病的に美しい日本(ユートピア)。
子どもたちは思考の自由を奪われ、家畜のように管理されていた。
手を触れず、意のままにものを動かせる夢のような力。その力があまりにも強力だったため、人間はある枷を嵌められた。社会を統べる装置として。
1000年後の日本。豊かな自然に抱かれた集落、神栖(かみす)66町には純粋無垢な子どもたちの歓声が響く。周囲を注連縄(しめなわ)で囲まれたこの町には、外から穢れが侵入することはない。「神の力(念動力)」を得るに至った人類が手にした平和。念動力(サイコキネシス)の技を磨く子どもたちは野心と希望に燃えていた……隠された先史文明の一端を知るまでは。

 

読みやすさ:★★★★★★★★★★

おもしろさ:★★★★★★★★★★★★★★★

気になる謎:★★★★★★★★★★

ページ数:約1500ページ

 

こればっかりは確定でしょう。ダントツの一位である。

天使の囀りクリムゾンの迷宮悪の教典ダークゾーンも一気読み必至の超絶エンタメ本で、その他の作品においてもありとあらゆるジャンルの徹夜本を生み出しまくった創造主・貴志祐介。そんな神の最高傑作にして宇宙最高の徹夜本が『新世界より』である。何を書いても面白い貴志祐介のエンタメ秘術を余すところなく使い切っていて、SFやファンタジー、恋愛、青春、ホラー、サスペンス、エロ、BL、百合とどこをとっても完全無敵の最終兵器だと言えるだろう。

しかも『新世界より』のヤバいところは文庫版上巻で物語が動き始めてからは、ダレることなく面白さが加速しまくっていき、特に下巻の終盤は脳内麻薬が爆裂し過ぎて、読了後もしばらく現実世界に戻れなくなったほどである。

原作に忠実なアニメも素晴らしいし、プロットに大幅なアレンジを加えてエロをマシマシしたコミック版もたまらない。本を読んで徹夜したいのなら『新世界より』で間違いない。

 

〇作品紹介記事

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貴志祐介は徹夜本の創造主。他の本も全部徹夜確定である。

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本を読んで徹夜をするということ

 

おまけ番外編  屍鬼 / 小野不由美(1998年)

 

 死が村を蹂躙し幾重にも悲劇をもたらすだろう―人口千三百余、三方を山に囲まれ樅を育てて生きてきた外場村。猛暑に見舞われたある夏、村人たちが謎の死をとげていく。増え続ける死者は、未知の疫病によるものなのか、それとも、ある一家が越してきたからなのか。

尋常でないなにかが起こっている。忍び寄る死者の群。息を潜め、闇を窺う村人たち。恐怖と疑心が頂点に達した時、血と炎に染められた凄惨な夜の幕が開く…。

 

読みやすさ:★★★★★★★☆☆☆

おもしろさ:★★★★★★★★★★

気になる謎:★★★☆☆☆☆☆☆☆

ページ数:約2500ページ

 

ふゆみファンとしては屍鬼を挙げずにはいられない!

なぜか。それはこの本のクライマックスの勢いが尋常ではないからである。その勢いたるや1年オナ禁して、溜まりに溜まったエネルギーを一気に射出するかの如しである。しかもそのクライマックスが400ページ以上続く(笑)のだからとんでもないのである。

文庫版の一巻は最高に眠れる小説(笑)で、文庫版の五巻は超絶一気読み本という、読むのにかなりの気合を要する作品だが、徹夜本=アドレナリン爆裂本だと認識される方にはズバリ『屍鬼』をおすすめしたい。

 

〇作品紹介記事
 

『銀河忍法帖』山田風太郎|天の川を斬る!!

山田風太郎らしさが凝縮された愛すべき忍法帖

 

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愛すべき馬鹿とはまさにこの男

 

作品紹介

山田風太郎による『銀河忍法帖』は1967年から1968年に週刊文春で連載されていた作品で、後に角川文庫に加えられた。山田風太郎生誕100周年を記念して2021年に復刊された角川文庫版ではおよそ500ページとボリュームのある長編である。

忍法帖シリーズは純粋に娯楽に特化した作品から、歴史小説の度合いが高い作品、やたらエロい作品やミステリの手法で描かれた作品など様々なタイプの物語があるのが特徴だが、『銀河忍法帖』はシリーズの多くの優れた要素を良いとこ取りしたような内容でとにかくエンターテイメント作品として優れている。

主人公「六文銭の鉄」の愛すべき馬鹿なのにかっこいいキャラクターによる、笑いあり涙あり(エログロもなかなか派手)の超傑作を気合を入れて紹介していく。

 

 以下、あらすじの引用

不敵な無頼者「六文銭の鉄」の活躍を描く、幻の傑作忍法帖!多くの鉱山を開拓し、家康さえも一目置いた稀代の傑物・大久保石見守長安。彼に立ち向かい護衛の伊賀忍者たちと激戦を繰り広げる不敵な無頼者「六文銭の鉄」の活躍を描く、爽快感溢れる忍法帖!

 

 

最高の主人公「六文銭の鉄」

銀河忍法帖』の最大の魅力は何と言っても愛すべきバカの化身「六文銭の鉄」の存在である。山田風太郎が書くちょっとおバカだけど魅力的なキャラクターは本当に最高なのだが、作品の都合上、登場人物が多かったり、すぐに死んだりでちょっと物足りない感があるのだが、六文銭の鉄は主人公なので最初から最後まで活躍しまくるので、良キャラを堪能することができる。

しかもこの「六文銭の鉄」、伊賀の精鋭忍者を秒殺するという鬼のような強さなのだが、どうしてこんなに強いのかという秘密が愛すべきおバカにミステリアスな要素を与えており、そこがまた良いのである。そしてその正体が......。

山田風太郎と言えば能力バトル作品の創始者に等しい偉大な天才だが、風来忍法帖忍法八犬伝でも描いたように、少年ジャンプに登場しそうな”The 主人公”の創始者でもあるのかもしれない。だって「六文銭の鉄」はまさにドラゴンボール孫悟空なんですもん。(エロいけど)

 

戦争時代を生きた山田風太郎の思想

第二次世界大戦大日本帝国が敗けたのは、もちろん国力が圧倒的に劣っていたことが原因なのだろうが、帝国軍人の精神力や名人芸に依存しまくるという問題も大きかったそうだ。(率直に言えば科学的な考えができないバカな国民性だったということ)

そういった事情は山田風太郎の戦争小説などに詳しく書かれているのだが、『銀河忍法帖』は、伊賀忍者たちがサイエンスにより製造された”戦車”に成すすべなく玉砕するところから開幕する。また忍者が厳しい修行のもとに習得する忍法は、その忍者が死んだらおしまいの名人芸だと大久保長安伊賀忍者の精鋭の前で豪語している。しかもディスられた伊賀の精鋭たちはその後、”妖花親衛隊”こと大久保長安の美女親衛隊が操るサイエンス兵器の前に悉く破れてしまっているのがなんともせつない。

太平洋戦争では1942年のミッドウェー海戦で日本軍の空母4隻と名人芸を持つ優秀な航空兵を大勢失った時点で敗北が確定していたというのを百田尚樹の『永遠の0』で読んだ気がするのだが、山田風太郎は忍者小説の中で忍者はオワコンと言ってしまうのだから本当に面白い。

 

六文銭の鉄 VS 伊賀の精鋭+妖花親衛隊

銀河忍法帖』は山田風太郎のミステリ作家としての手腕が発揮されていて、衝撃の真相があるタイプの作品なのだが、基本的には六文銭の鉄が惚れた女を助けるために奮闘する分かりやすい展開の物語である。

六文銭の鉄が戦うのは、惚れた女”朱鷺”が敵対する大久保長安配下の伊賀精鋭忍者5人とサイエンス兵器を用いる長安の女親衛隊5人である。六文銭の鉄は一定時間女を抱かないと鼻血が出る体質(笑)なので頻繁にセックスしなければならないのだが、朱鷺に性交を禁止されてしまう。でも妖花親衛隊だけは犯してもOKということになり、敵の女はみな犯すというまさに山風なスタイルが取られている。

作品の冒頭で明かされるのでネタバレにならないと判断して、それぞれの忍者や妖花親衛隊の技や使用武器を挙げておく。今回は忍法自体は結構まともなものが多いのが特徴。

伊賀忍者

  1. 魚ノ目一針
    両手両足の指に10センチ程度の針をはさんで、一本一本を自在に相手に命中させるという忍法針地獄を用いる。
  2. 狐坂銀阿弥
    もがけばもがくほど締まっていく琴糸を輪投げのように扱う、忍法縛り首を使う。
  3. 牛牧僧五郎
    鉄球を投げるという忍法手投弾を使う。
  4. 象潟杖兵衛
    作中では西洋のホーリイ・ウォーター・スプリンクラー(聖水撒布器)と称しているが、要はモーニングスターを使う忍者である。忍法連枷と呼んでいる。
  5. 安馬谷刀印
    左右の手で同時に別々の武器を自在に操という忍法合奏刀を使用する。
    ピアニストとかドラマーになったらさぞ凄いのだろう(笑)      

妖花親衛隊

  1. お凪
    硫酸入りのギヤマンの瓶を投げる。
  2. 真砂
    はがね摩羅(笑)という、鋼の線を螺旋に巻いて細い筒にした武器を使用する。30センチから3メートルに一気に伸びて敵を打つので地味に強い。
  3. お船
    七連発の短銃を使う。ぶっちゃけ最強(笑)
  4. お珊
    水鉄砲のように油を飛ばした直後に焼けた針を射出して敵を燃やす火炎筒を使う。これもなかなか強い。
  5. お汐
    淫霧と称する媚薬の入った煙幕を張る(笑)どう考えてもエロ要素を出すためだけに山田風太郎が考案した武器。

 

拷問器具の数々

西洋に精通してる大久保長安が数学者の毛利算法とタッグを組んで考案した、西洋の拷問器具にアレンジを加えた多くのヤバい拷問器具が登場する。(しかも一つ一つ詳しく解説される)

エロ全開な拷問器具として一枚の板の性器の部分にだけ穴が開いたものが、いかにもこれから何が起きるのかを想起させられて勃起させられるが、最恐最悪の拷問器具と称される”ザ・ブーツ”が登場するのが怖い。これは木や鉄でできたブーツをはかされて、足とブーツの隙間に楔を打ち込んでいくという地味ながら最悪な拷問に認定されている。想像すると前述のエロ拷問板で勃起したちんこが縮こまってしまうこと間違いなしある。

 

絶対にわざとやってる(笑)

山田風太郎小説は真面目なシーンにもかかわらず、荒唐無稽なアホ要素を入れてくることによって苦笑(ただし爆笑)を引き起こす天才である。

そんな山田風太郎の笑わせる技術は本作でも全開だ。敵対する伊賀の精鋭忍者たちがいかに苦労して忍法を習得するに至ったかを、懇切丁寧に...場合によっては丸々1章使って説明してくる。「こいつらマジで強いんだなぁ」と思わせてからのワンパンである。これはマジで笑える。山田風太郎の筆力を用いて丹念に描かれているからこそ猛烈に「おい!(笑)」となるのだ。

特に一番最後に敵対する伊賀者は爆笑間違いなしである。六文銭の鉄はワンパンマンの”サイタマ”である。最後の伊賀忍者戦はずばり超強い設定らしいのにサイタマにワンパンで沈められた怪人たちを思い出した。

 


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衝撃の真相

これはマジで凄いですぞ。江戸川乱歩に認められて推理作家としてデビューした山田風太郎のミステリの手法が炸裂している。衝撃の真相やどんでん返しの連続など、並大抵ではない山風ミステリ十八番のパターンが『銀河忍法帖』でも見事に決まっている。

六文銭の鉄の目的と正体、そして朱鷺の目的と正体が明らかになり迎える凄絶な結末で、『銀河忍法帖』の原題”天の川を斬る”の意味を理解することになる。いやぁ....山田風太郎は本当に凄いよ。どんなに語彙力があろうと凄いとしか言えない気がする。

ぜひせつないラストを読んでみてほしい。山風忍法帖ここにありである。

 

今でも通じる極上のエンタメ

風忍法帖は数が多いため、何を最初に読めば良いのか迷うことがあるかもしれない。一般的には一作目にしてThe 忍法帖な『甲賀忍法帖』や名前だけは誰でも知っているであろう『魔界転生』を最初に選ばれる方が多いのかもしれないし、それもまた正しい選択なのだが、甲賀忍法帖はやや湿っぽいストーリーだったり、魔界転生忍法帖としては異端の剣豪小説だったりするので、娯楽性に特化しまくった『銀河忍法帖』を最初に読むのも良いのではないかと思う。
ちなみに銀河忍法帖が復刊された直後に直木賞を受賞された今村翔吾氏が、直木賞受賞後一作目として山風忍法帖を意識して描かれたという『イクサガミ』を発表した。私はちょうど銀河忍法帖とイクサガミを同じタイミングで読んだので必然的に比較することになったのだが、どちらの作品も非常に面白いが個人的には半世紀以上前に描かれた銀河忍法帖の方に軍配が上がると感じた。今村翔吾氏が山田風太郎の時代短編集『笊ノ目万兵衛門外へ』の帯に”古びれないのではない、今なお新しいのだ”とコメントを寄せていたがまさにその通りである。

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『夢みる葦笛』上田早夕里|ハイクオリティにもほどがあるSF短編集

全方位無敵のSF短編10連発

 

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なんと幻想的で美しい装丁だろうか

 

作品紹介

上田早夕里による『夢みる葦笛』は2016年に光文社から発表されたSF短編集である。

ショートショート作品を1編含む、30~40ページ程度の作品が10編収録されており、SFだけでなくファンタジー要素の強い作品やホラー寄りの作品まで幅広く揃っている。またSFはSFでも歴史改変作品やハードな作品まで多彩である。

作品によっては長編にできそうなほどに魅力的で創り込まれた世界観の作品もあり、出し惜しみなしの著者の本気が伝わってくる。そんな超傑作短編集について書いていく。

 

 以下、あらすじの引用

ある日、街に現れたイソギンチャクのような頭を持つ奇妙な生物。不思議な曲を奏でるそれは、みるみる増殖していく。その美しい歌声は人々を魅了するが、一方で人間から大切な何かを奪い去ろうとしていた。(表題作)人と人あらざるもの、呪術と科学、過去と未来。様々な境界上を自在に飛翔し、「人間とは何か」を問う。収録作すべてが並々ならぬ傑作!奇跡の短篇集。

 

 

収録作品

まずは簡易な五段階の個人的評価を添えて収録作品を挙げる。どれもかなりの傑作なのであくまでも好みの差で決めている。

  1. 夢みる葦笛 ★★★★★
  2. 眼神 ★★★★★
  3. 完全なる脳髄 ★★★★☆
  4. 石繭 ★★★☆☆
  5. 氷波 ★★★★☆
  6. 滑車の地 ★★★★★
  7. プテロス ★★★★☆
  8. 楽園(パラディスス) ★★★★★
  9. 上海フランス租界祁斉路三二〇号 ★★★★☆
  10. ステロイド・ツリーの彼方へ ★★★★☆

 

夢みる葦笛(2009年)

表題作だけあって一発目からパワー全開で、奇妙な世界観に引きずり込まれること間違いなしの傑作となっている。街に突然クトゥルフ神話に登場しそうな、イソギンチャクに似た頭部を持つ謎の生物が現れて不思議な曲を奏でて人々を魅了しつつ、増殖しまくっていくという話である。

なかなか文学的な要素のある作品で、人によっては考えさせられるというような感想を挙げていたるするようだが、個人的には細かいことは気にせずキモ面白いエンタメ作品として楽しむのが吉だと思う。謎の生物”イソア”の増殖方法の一つになかなかグロキモいものがあり、私はその設定と不気味な生物を楽しんでしまった。

なお恒川光太郎の超傑作『滅びの園』に設定が似ているので、「夢みる葦笛」を読んで良いと思った方には『滅びの園』をおすすめしておく。

 

〇おすすめ作品記事

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眼神(2010年)

ホラー・オカルトとSF要素を合わせ持った作品で、クトゥルフ神話が読書にハマるきっかけの一つである私にとっては、本作品集の中でも1,2位を争うほど気に入っている1作である。

ド田舎の村に伝わる奇妙な風習”橋渡りの儀式”やマナガミ様(眼神)という”憑き物”に関する話なのだが、いかにも横溝正史の作品に出てきそうな奇妙な因習の裏に、宇宙規模の秘密が関与しているという設定がもの凄く気に入っていて、「なるほど...本当にそうなのかも」という気分にさせられた。ホラーとSFが組み合わさると傑作になる説を証明してくれるような作品である。

 

完全なる脳髄(2010年)

合成人間(シンセティック・マン)通称”シム”と普通人(ナトゥラ)がいる世界の物語である。何となく『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』を彷彿とさせる世界観で内容的にもある程度影響を受けているように思われる。

設定にかなり気合が入っていて、”シム”は戦争の際に使用された分子機械という生物兵器のような兵器が原因で生まれた生物である。妊婦を通じて胎児に感染するとおぞましい肉塊となって死産してしまっていたのだが、その肉塊には未発達の生体脳があり、その脳に機械脳を接続してあれこれすることによって、本当の人間のようになったのがシムである。と、こんな感じでかなりSFしているのだが、他のシムの生体脳を奪って移植したらどうなるんじゃというのがこの話。

どこの鬼舞辻無惨様だよ...(笑)」とか思いながら、10個集めたら衝撃の結末が!...というオチでもないが、よくできた作品だと思う。

 

石繭(2011年)

幻想的な雰囲気を純文学のような作品。10ページ弱のショートショートなので雰囲気を味わうような一品なのだと思う。仕事のストレスでまいってしまっている人が、電線に謎の繭を発見して、その繭から溢れたあるものによって様々な非日常的な体験をするという短い話なのに妙に印象に残る一編となっている。作家志望の方が読んだら何か感じるものがあるのかも。

 

氷波(2011年)

SFらしいSF作品で土星の衛星ミマスで人工知能同士の会話を中心に物語が展開していく。この2体の人口知性は一方が感情は持ち合わせない機械的な存在なのに対して、もう一方は人格のコピーに成功した”人間らしい”人口知性なので両者のやり取りが趣深く、また二人の会話を楽しむタイプの作品なのだと思う。

肉体を持たない人口知性でも、仮想的に人間の肉体を持てば人間の感覚を再生できるという意見が出るのだが、こういったSFならではの考え方はとても面白いと思う。

 

滑車の地(2012年)

独創的な世界観を持つ本短編集の中でも最高峰の傑作。長編にできそうなくらい魅力的な設定を短編で贅沢に消費してくれる著者のサービス精神に感謝したい。

舞台は狂暴な泥棲生物(ヒジ)がひしめく”冥海”に古い時代に建てられた塔と鋼柱を炭素ロープで結び、プリオと呼ばれる滑車で人々が行き来する地。何もしなければ泥棲生物(ヒジ)の増殖や塔の劣化で滅ぶ運命にある人々が、生存の望みをかけて飛行機で滑車の地の外を探索する計画を巡って話は展開する。

滑車の地や泥棲生物の成り立ちや地下都市の存在、またパイロット候補が人に非ざる少女だったり、破滅の時が迫り泥棲生物との攻防など読みどころが満載で、本当に30ページ程度の尺だったのかと思わずページ数を確認してしまうような重厚な物語である。

「魚舟・獣舟」という短編から始まったオーシャンクロニクルシリーズという前例があるので、もしかしたらいつかは長編に世界が広がっていく可能性もあるのかも...と思ったりする。

 

プテロス(2013年)

遠く離れた惑星で宇宙生物学者が、その惑星の飛翔生物"プテロス"という生物の神秘に迫る物語である。かくかくしかじかで翼を負傷して揚力を失ったプテロスに文字通りコバンザメのように張り付いてついていくことで、この不思議な生物の生体が少しずつ垣間見えていく。

未知の生物に対する著者の考え方が反映されているようで、物語だけでなくそういった思想的な部分も読みごたえがある。なお本作のみ冒頭に作中世界のイラストが描かれているのだが、これがなかなかの絶品。

 

楽園(パラディスス)(2013年)

家族や友人を失った人間が悲しみを癒すために創られたケア・アプリ”メモリアル・アバター”。亡くなった人の生前のライフログから仮想人格を構築して人間の心の傷が癒えるまで支援するアプリという利用する人によっては結構キモいアプリで、例えば江戸川乱歩がこのネタで話を書いたら大変危険なことになるんだろうなぁなどと、くだらないことを考えつつ読み進めてしまった。

ネタだけでも満点だが、その技術の発展によってひとつの脳内に他人の意識が併存する可能性にまで話が及んでおり、ここでも著者の考えが色濃く反映されているようなのが良い。しかし思うのは女性は不思議なもので、男が書いたら確実にキモくなることも、女性が書いたらまるでキモくないどころかせつない話にできてしまうのだな、としみじみ思った次第。

 

上海フランス租界祁斉路三二〇号(2013年)

ファンタジー要素もある歴史改変SF。歴史改変と言っても真相から考えると仮想現実SFとなるのかもしれない。舞台は1931年の上海自然科学研究所で、そこで研究している日本人研究者が当時の時流に翻弄され苦心する中、未来を語る男に警告されるという物語である。

「眼神」でも触れたが、未来を語る男というようなオカルトっぽい事象の裏に壮大なSF設定があるのが素晴らしく、ファンタジーとSFが見事に融合した『妖怪探偵・百目シリーズ』などの実績があることからも著者の持ち味なのかも。

 

ステロイド・ツリーの彼方へ(2015年)

一番ハードSFしている内容で、創元SF文庫の『年刊日本SF傑作選』で20作品も収録される中、表題作に選出されたほど完成度の高い作品。書かれたのが本短編集の中で一番遅いだけあって、他の9編にあるアイデアの数々の一部が昇華された形で描かれている。

わけあって未来の世界のネコ型ロボットに”人間の本質”を教えるべく展開する、ネコ型ロボットと男の物語(まったくド〇えもんとは関係ないです)で、二人の生活がなかなか面白い。またネコ型ロボットの設計がかなりのグロテスク要素を孕んでおり「ほほぅ...」と思わず唸らされた。物語は「生命とは何か、知性とは何か。」と問いかけて幕を閉じる。

 

SFってなんで人気ないんだろう

映画やアニメではどう見てもファンタジーやSFが主流のように感じるが、なぜか小説だとSFは最もアングラなジャンルに成り下がっているように感じるのはなぜだろう。

それはおそらくSF描写がマニアックなばかりで読みづらく、また物語としての魅力がなければ、エンタメとしてもつまらない。さらに文学的にも微妙な作品ばかりだからな気がしてならない。

例えば某ヱヴァン〇リヲンを始めとするロボットアニメはわけの分からないがそれっぽいセリフをマシンガンのように連発していて、視聴者は何を言っているのかサッパリなはずだが、ハイクオリティな映像と音楽が意味不明な部分を補完しているので、結果的に「なんか良いかも感」が得られるのだが、小説では???なだけで終わってしまうから不人気なのだと思う。

つまり本作のような読みやすくて面白いのに本格的な作品が少ないからSFは人気ない説を私は主張しておく。そうこの本は面白いしSF読んだ感が非常に強い素晴らしい作品なのだ。

本作の収録作は個人的には「眼神」「滑車の地」「楽園」あたりが好みだったが、他の作品も異様にレベルが高く、読者によって好きな作品が分かれまくっているようなので、誰が読んでもお気に入りの作品が見つかると思う。SF初心者からマニアまで幅広くおすすめしたい。

 

 

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『最後にして最初のアイドル』草野原々|ブッ飛びまくった超スケールSF

こんなSFは読んだことがないほどの狂いっぷり

 

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究極の装丁イラスト詐欺

 

作品紹介

草野原々による『最後にして最初のアイドル』は2018年に早川書房から発表された短編集である。表題作と書き下ろし作品を含めた3編が収録されており、それぞれ100ページ前後で読みやすい分量である(ただし文字びっしり)。

収録作品は「最後にして最初のアイドル」は2016年、「エヴォリューションがーるず」は2017年に電子書籍で発表されており、「暗黒声優」が書き下ろし作品となっている。

いずれの作品も想像を絶する超展開があり、ミステリーにバカミスというジャンルがあるように、本作はバカSFと呼べる作品なのかもしれない。そのブッ飛び加減はいずれの作品も宇宙をも超越スケールであり、「どうしてこうなった....」の三連撃である。そんな凄い作品について感想を書いていく。

 

 以下、あらすじの引用

“バイバイ、地球―ここでアイドル活動できて楽しかったよ。”SFコンテスト史上初の特別賞&42年ぶりにデビュー作で星雲賞を受賞した実存主義ワイドスクリーン百合バロックプロレタリアートアイドルハードSFの表題作をはじめ、ガチャが得意なフレンズたちが宇宙創世の真理へ驀進する「エヴォリューションがーるず」、書き下ろしの声優スペースオペラ「暗黒声優」の3篇を収録する、驚天動地の草野原々1st作品集!

 

 

 

最後にして最初のアイドル

私はアイドルに詳しくないので、おそらく本作がこだわっていると思われる要素の5割以上は理解できていないかもしれない。しかしそうだとしてもこの話がヤバさは120%理解可能なので、アイドルに興味がなくても問題なしである。

物語ははっきり言ってブッ飛びまくり。これまでに読んだあらゆる本の中でも最強クラスの超展開を誇っている。多少内容に触れたところで問題ないので序盤の展開をネタバレしつつ書く。全体で80ページの内、最初の30数ページはアイドルを目指す少女の青春と挫折の物語である。ここまでは普通の話なのだが、ここから先はすべてが超展開である。

アイドルを目指す少女は挫折の末、自殺するのだが.....そんな彼女を推していた女友達が少女の遺体を回収して脳を外科手術により取り出す!(このシーンの描写はかなり気合が入ったグロである)。そしてマッドサイエンティストと化して彼女を復活させようとするのである。

そしてかくかくしかじかで地球は大変なことになり、時を経てアイドルが化け物となって復活してから真の物語が幕を開けるのだ!!.....すでにこの時点でヤバすぎMAXなのだが、この後盛大なグロ殺戮シーンなどを経て、話は全宇宙規模にいたり、著者独自の超理論を展開していくのである。

後半は難解で著者がバカなのか天才なのかさっぱりになるので、もの凄く読者を選ぶだろうが私は超好き。大好物である。冒頭にも書いたが装丁イラストは完全に詐欺である。ポップな印象は皆無で、殺伐とした文体にグロ全開が続くので、イラストに惹かれて読んだ人はドン引き間違いなし。おすすめである。

なお個人的には最凶鬱ゲームと称される『ブレスオブファイア』を思い出し、トラウマとともに蘇った少年時代の記憶に浸っていた。

 

エヴォリューションがーるず

表題作を褒めちぎった後だが、「エヴォリューションがーるず」の方が私好みだったりする。ソシャゲ廃人の話なのだが、もちろんこちらも最強にブッ飛んでいてトンデモ超展開が待っている。

こちらも少々内容に触れるが、序盤は絶滅した古代生物を擬人化したソシャゲ通称「エヴォがる」にハマって、重課金した結果人生が滅茶苦茶になっていく新社会人の女性の様子がやたらリアルに描かれる。しまいには歩きスマホをした結果、トラックにはねられて命を落とすのだが......もちろんここからが本番。

転生したら「エヴォリューションがーるず」だった的な話になり、ここからはソシャゲとRPGを合わせたような話になっていき、敵を捕食しながら進化を繰り返し、仲間ができてあれやこれやとするうちに.....宇宙へ!!からの著者の超理論が語られていくのである。

後半は相変わらずバカなのか天才なのか判別不能な難解ワードの連発。何をどうしたらこんな話を考えられるのかさっぱりで著者がどんな人なのか気になる次第である。こちらも超おすすめ。

 

暗黒声優

これもヤバい。前2作とはノリがやや異なり、超展開っぷりは控えめなのだが、SF度の高さは本作が一番で、設定のブッ飛び加減も相変わらずである。

”声優”の話なのだが、もちろんただの声優ではない。発達した発声管が体外に露出しており(キモい)、その発声管を振動させることでエーテルを振動させてビームを発射したり、宇宙船の原動力にしたりとトンデモ存在なのである。

そして本作のヒロインはとある目的で、優秀な声優を殺害して発声管を奪い、自身の体に移植することで最強の声優を目指しているのである....(笑)

そしてもこれも色々あって物語は宇宙に広がっていき、かくかくしかじかでヒロインを狙うものの目的が判明して、毎度おなじみ著者の超理論が展開されるのである。話のインパクトもかなりのものだが、今回導き出される理論は「へぇ....そうなんだぁ.....」とうっかり鵜呑みにしてしまいそうなものなのが凄い。

 

トンデモ本が読みたいならマスト

どれも話のスケールがデカ過ぎるのと、超展開の連続のせいでイマイチ紹介しきれていない感を感じているが、トンデモ本を求めている人であれば絶対に満足できる内容であることを保証する。

私はトンデモ本を愛する傾向があり、本ブログでも純粋に面白かった本や万人が優れていると評価する作品よりも尖った本を中心に紹介している。そんなブログだが、本作は他の記事で紹介している作品と比べても最強クラスと断言できるからである。

 

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