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『夢みる葦笛』上田早夕里|ハイクオリティにもほどがあるSF短編集

全方位無敵のSF短編10連発

 

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なんと幻想的で美しい装丁だろうか

 

作品紹介

上田早夕里による『夢みる葦笛』は2016年に光文社から発表されたSF短編集である。

ショートショート作品を1編含む、30~40ページ程度の作品が10編収録されており、SFだけでなくファンタジー要素の強い作品やホラー寄りの作品まで幅広く揃っている。またSFはSFでも歴史改変作品やハードな作品まで多彩である。

作品によっては長編にできそうなほどに魅力的で創り込まれた世界観の作品もあり、出し惜しみなしの著者の本気が伝わってくる。そんな超傑作短編集について書いていく。

 

 以下、あらすじの引用

ある日、街に現れたイソギンチャクのような頭を持つ奇妙な生物。不思議な曲を奏でるそれは、みるみる増殖していく。その美しい歌声は人々を魅了するが、一方で人間から大切な何かを奪い去ろうとしていた。(表題作)人と人あらざるもの、呪術と科学、過去と未来。様々な境界上を自在に飛翔し、「人間とは何か」を問う。収録作すべてが並々ならぬ傑作!奇跡の短篇集。

 

 

収録作品

まずは簡易な五段階の個人的評価を添えて収録作品を挙げる。どれもかなりの傑作なのであくまでも好みの差で決めている。

  1. 夢みる葦笛 ★★★★★
  2. 眼神 ★★★★★
  3. 完全なる脳髄 ★★★★☆
  4. 石繭 ★★★☆☆
  5. 氷波 ★★★★☆
  6. 滑車の地 ★★★★★
  7. プテロス ★★★★☆
  8. 楽園(パラディスス) ★★★★★
  9. 上海フランス租界祁斉路三二〇号 ★★★★☆
  10. ステロイド・ツリーの彼方へ ★★★★☆

 

夢みる葦笛(2009年)

表題作だけあって一発目からパワー全開で、奇妙な世界観に引きずり込まれること間違いなしの傑作となっている。街に突然クトゥルフ神話に登場しそうな、イソギンチャクに似た頭部を持つ謎の生物が現れて不思議な曲を奏でて人々を魅了しつつ、増殖しまくっていくという話である。

なかなか文学的な要素のある作品で、人によっては考えさせられるというような感想を挙げていたるするようだが、個人的には細かいことは気にせずキモ面白いエンタメ作品として楽しむのが吉だと思う。謎の生物”イソア”の増殖方法の一つになかなかグロキモいものがあり、私はその設定と不気味な生物を楽しんでしまった。

なお恒川光太郎の超傑作『滅びの園』に設定が似ているので、「夢みる葦笛」を読んで良いと思った方には『滅びの園』をおすすめしておく。

 

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眼神(2010年)

ホラー・オカルトとSF要素を合わせ持った作品で、クトゥルフ神話が読書にハマるきっかけの一つである私にとっては、本作品集の中でも1,2位を争うほど気に入っている1作である。

ド田舎の村に伝わる奇妙な風習”橋渡りの儀式”やマナガミ様(眼神)という”憑き物”に関する話なのだが、いかにも横溝正史の作品に出てきそうな奇妙な因習の裏に、宇宙規模の秘密が関与しているという設定がもの凄く気に入っていて、「なるほど...本当にそうなのかも」という気分にさせられた。ホラーとSFが組み合わさると傑作になる説を証明してくれるような作品である。

 

完全なる脳髄(2010年)

合成人間(シンセティック・マン)通称”シム”と普通人(ナトゥラ)がいる世界の物語である。何となく『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』を彷彿とさせる世界観で内容的にもある程度影響を受けているように思われる。

設定にかなり気合が入っていて、”シム”は戦争の際に使用された分子機械という生物兵器のような兵器が原因で生まれた生物である。妊婦を通じて胎児に感染するとおぞましい肉塊となって死産してしまっていたのだが、その肉塊には未発達の生体脳があり、その脳に機械脳を接続してあれこれすることによって、本当の人間のようになったのがシムである。と、こんな感じでかなりSFしているのだが、他のシムの生体脳を奪って移植したらどうなるんじゃというのがこの話。

どこの鬼舞辻無惨様だよ...(笑)」とか思いながら、10個集めたら衝撃の結末が!...というオチでもないが、よくできた作品だと思う。

 

石繭(2011年)

幻想的な雰囲気を純文学のような作品。10ページ弱のショートショートなので雰囲気を味わうような一品なのだと思う。仕事のストレスでまいってしまっている人が、電線に謎の繭を発見して、その繭から溢れたあるものによって様々な非日常的な体験をするという短い話なのに妙に印象に残る一編となっている。作家志望の方が読んだら何か感じるものがあるのかも。

 

氷波(2011年)

SFらしいSF作品で土星の衛星ミマスで人工知能同士の会話を中心に物語が展開していく。この2体の人口知性は一方が感情は持ち合わせない機械的な存在なのに対して、もう一方は人格のコピーに成功した”人間らしい”人口知性なので両者のやり取りが趣深く、また二人の会話を楽しむタイプの作品なのだと思う。

肉体を持たない人口知性でも、仮想的に人間の肉体を持てば人間の感覚を再生できるという意見が出るのだが、こういったSFならではの考え方はとても面白いと思う。

 

滑車の地(2012年)

独創的な世界観を持つ本短編集の中でも最高峰の傑作。長編にできそうなくらい魅力的な設定を短編で贅沢に消費してくれる著者のサービス精神に感謝したい。

舞台は狂暴な泥棲生物(ヒジ)がひしめく”冥海”に古い時代に建てられた塔と鋼柱を炭素ロープで結び、プリオと呼ばれる滑車で人々が行き来する地。何もしなければ泥棲生物(ヒジ)の増殖や塔の劣化で滅ぶ運命にある人々が、生存の望みをかけて飛行機で滑車の地の外を探索する計画を巡って話は展開する。

滑車の地や泥棲生物の成り立ちや地下都市の存在、またパイロット候補が人に非ざる少女だったり、破滅の時が迫り泥棲生物との攻防など読みどころが満載で、本当に30ページ程度の尺だったのかと思わずページ数を確認してしまうような重厚な物語である。

「魚舟・獣舟」という短編から始まったオーシャンクロニクルシリーズという前例があるので、もしかしたらいつかは長編に世界が広がっていく可能性もあるのかも...と思ったりする。

 

プテロス(2013年)

遠く離れた惑星で宇宙生物学者が、その惑星の飛翔生物"プテロス"という生物の神秘に迫る物語である。かくかくしかじかで翼を負傷して揚力を失ったプテロスに文字通りコバンザメのように張り付いてついていくことで、この不思議な生物の生体が少しずつ垣間見えていく。

未知の生物に対する著者の考え方が反映されているようで、物語だけでなくそういった思想的な部分も読みごたえがある。なお本作のみ冒頭に作中世界のイラストが描かれているのだが、これがなかなかの絶品。

 

楽園(パラディスス)(2013年)

家族や友人を失った人間が悲しみを癒すために創られたケア・アプリ”メモリアル・アバター”。亡くなった人の生前のライフログから仮想人格を構築して人間の心の傷が癒えるまで支援するアプリという利用する人によっては結構キモいアプリで、例えば江戸川乱歩がこのネタで話を書いたら大変危険なことになるんだろうなぁなどと、くだらないことを考えつつ読み進めてしまった。

ネタだけでも満点だが、その技術の発展によってひとつの脳内に他人の意識が併存する可能性にまで話が及んでおり、ここでも著者の考えが色濃く反映されているようなのが良い。しかし思うのは女性は不思議なもので、男が書いたら確実にキモくなることも、女性が書いたらまるでキモくないどころかせつない話にできてしまうのだな、としみじみ思った次第。

 

上海フランス租界祁斉路三二〇号(2013年)

ファンタジー要素もある歴史改変SF。歴史改変と言っても真相から考えると仮想現実SFとなるのかもしれない。舞台は1931年の上海自然科学研究所で、そこで研究している日本人研究者が当時の時流に翻弄され苦心する中、未来を語る男に警告されるという物語である。

「眼神」でも触れたが、未来を語る男というようなオカルトっぽい事象の裏に壮大なSF設定があるのが素晴らしく、ファンタジーとSFが見事に融合した『妖怪探偵・百目シリーズ』などの実績があることからも著者の持ち味なのかも。

 

ステロイド・ツリーの彼方へ(2015年)

一番ハードSFしている内容で、創元SF文庫の『年刊日本SF傑作選』で20作品も収録される中、表題作に選出されたほど完成度の高い作品。書かれたのが本短編集の中で一番遅いだけあって、他の9編にあるアイデアの数々の一部が昇華された形で描かれている。

わけあって未来の世界のネコ型ロボットに”人間の本質”を教えるべく展開する、ネコ型ロボットと男の物語(まったくド〇えもんとは関係ないです)で、二人の生活がなかなか面白い。またネコ型ロボットの設計がかなりのグロテスク要素を孕んでおり「ほほぅ...」と思わず唸らされた。物語は「生命とは何か、知性とは何か。」と問いかけて幕を閉じる。

 

SFってなんで人気ないんだろう

映画やアニメではどう見てもファンタジーやSFが主流のように感じるが、なぜか小説だとSFは最もアングラなジャンルに成り下がっているように感じるのはなぜだろう。

それはおそらくSF描写がマニアックなばかりで読みづらく、また物語としての魅力がなければ、エンタメとしてもつまらない。さらに文学的にも微妙な作品ばかりだからな気がしてならない。

例えば某ヱヴァン〇リヲンを始めとするロボットアニメはわけの分からないがそれっぽいセリフをマシンガンのように連発していて、視聴者は何を言っているのかサッパリなはずだが、ハイクオリティな映像と音楽が意味不明な部分を補完しているので、結果的に「なんか良いかも感」が得られるのだが、小説では???なだけで終わってしまうから不人気なのだと思う。

つまり本作のような読みやすくて面白いのに本格的な作品が少ないからSFは人気ない説を私は主張しておく。そうこの本は面白いしSF読んだ感が非常に強い素晴らしい作品なのだ。

本作の収録作は個人的には「眼神」「滑車の地」「楽園」あたりが好みだったが、他の作品も異様にレベルが高く、読者によって好きな作品が分かれまくっているようなので、誰が読んでもお気に入りの作品が見つかると思う。SF初心者からマニアまで幅広くおすすめしたい。

 

 

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