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『欺す衆生』月村了衛|欺し欺される地獄の裏社会

徹夜本の最終兵器

 

作品紹介

月村了衛による『欺す衆生』は2019年に新潮社より出版された作品で、文庫版で700ページ越えの長編である。ジャンルはノワール(犯罪小説)である。

代表作『機龍警察シリーズ』などもそうだが、徹底的な取材のもとに書かれたと思われる裏社会の描写は、著者自身が裏社会とつるんでいるのではないかと疑ってしまうほどの異様なリアリティがある。また「原野商法」や「和牛商法」に始まり、「結婚詐欺」など徐々にスケールの大きくなりつつ様々な詐欺が登場するので、これ一冊読めば詐欺マスターになれるだろう(笑)

また家庭の平穏のために詐欺に手を染めていく主人公が、最初はやむを得ず悪事をこなしていたのに、数々の苦境を乗り越えるたびに大物にのし上っていくという、正統派にして手堅い展開は、まさに読む手を止めるタイミングを失わせる至高の徹夜小説を築き上げている。

山田風太郎ファンを自称する月村了衛氏が山田風太郎賞を受賞したことで、同じく山田風太郎ファンの私は読む前から期待しまくりだったが、いざ読んでみると高い期待値を大きく上回る圧倒的なエンターテイメント巨編だった。そんな凄まじい傑作について書いていく。

 

 以下、あらすじの引用

戦後最大の詐欺集団、横田商事。その崩壊を目撃した元社員の隠岐隆は平凡な生活を志したが、同じく元社員の因幡充からの執拗な勧誘を受け、嫌々ながら再び悪事に手を染める。次第に昏き才能を開花させる隠岐時代の寵児として調子づいてゆく因幡。さらには二人の成功を嗅ぎつけ、経済ヤクザの蒲生までもが加わってくる。口舌で大金を奪い取ることに憑かれた男たち。原野商法から海外ファンドにまで沸騰してゆく遊戯の果てに見えるのは、光明か地獄か。

 

 

長いこと積んでしまったのを後悔

前述の通り、山田風太郎ファンを自称する月村了衛氏による山田風太郎賞受賞作というので面白くないわけがないというのは分かっていた。

しかしSFやファンタジーをメインに読む私にとってノワール(犯罪小説)というのは、最も苦手なジャンルの一つであり、小説に登場する役割の中で探偵の次に警察とヤクザという存在が嫌いなので、ただでさえ読む気が起きない中で、ページ数も単行本で500ページ越え、文庫版では700ページ越えの長尺ときたら積むしかない...(笑)

そして単行本を購入して積んでいるうちに文庫版が出て、文庫本を購入するもやはりそれなりの期間積んでしまったのだが、新潮社nexから出た江戸川乱歩の『地底の魔術王』の解説を月村氏が担当されていて、しかもそれが滅茶苦茶面白かったので、満を持して手に取ったのである(笑)

いざ読んでみれば、「読み始めると止まらない小説界」の中でも屈指の止まらない小説であり、「もっと早く読んでおけば良かったぜ!(´;ω;`)」と泣きながら徹夜して、700ページ越えの分量を一気に読んでしまったのである。

 

正統派にして手堅いプロットの妙技

『欺す衆生』は長尺ながら極めて分かりやすいストーリー展開であり、言うなればまさしく少年ジャンプの『ドラゴンボール』や『ワンピース』である。というかパッと思いついて書いてみたが、ちゃんと考えてみても実によく似ている。

ドラゴンボールに例えるならば、少年時代はクリリンとともに亀仙人のもとで修業(横田商事の平社員)→ドラゴンボールZになりラディッツを始めとしたサイヤ人たちの襲撃(原野商法)→フリーザ様の襲撃(和牛商法)→人造人間およびセルとの闘い(海外ファンド)→魔人ブウとの闘い(闇の帝王へ)といった感じで、スケールはどんどん大きくなり、降りかかる難題もハイパーインフレを起こしたかの如く強化されていく。

裏社会の話であっても王道の展開はとにかく読んでいて痛快であり、また安定したエンターテイメントを約束してくれるので安心して読める。苦境を乗り越える際の解決策は毎回とてもどう乗り切るのかが楽しみであり、問題解決して高みに上っていく様は本当に読んでいて熱くなる。

エンターテイメントの型を押さえた本作は優れた娯楽作品として一片の隙も無い、鉄板の超絶面白本である。

 

日本刀を首にあてられているかの如き緊張感

物語の圧倒的な面白さはここまでに書いてきたとおりだが、月村作品は筆力も凄まじいものがある。私は「ハラハラドキドキしちゃいました♡」的な感想は、言い出したやつを打首獄門に処したいくらい嫌いなのだが、『欺す衆生』はずばりハラハラドキドキしちゃう作品である。

序盤の時点でかなりの緊張感があり、それが作中ずっと継続していくのだが、その緊張感はヤクザが登場したあたりから強烈なものになっていく。失敗すれば命はないうヤクザとの駆け引きは、まさにお客様でプレゼンしている時の100万倍の緊張感があり、もはやこれを読んでしまえば、今後仕事でのプレゼンなど取るに足らないくだらないことに感じてしまうだろう。下手なビジネス本を1000冊読むよりも本書を読んだ方が、得られる経験値は高いと思われる。

私は自己啓発本やビジネス本、ハウツー本というものを忌み嫌っているのだが、小説を読んで物語から得られる経験値やビジネススキルというのはとても大切なものと考えている。小説から何かを学びたいと考えている方にとって、『欺す衆生』はうってつけの作品と言えるだろう。

 

平穏が一番

誰よりも平穏を望む主人公は、闇社会から逃れられずに、多くのものを得ると同時に多くのものを失ってきたわけだが、本作を読むとやはり平穏こそが一番だと痛感してしまう。

私は妻と二人の子がいるので、主人公の隠岐と同じ家族構成なのだが、妻には常々こう語っている。「世帯年収300万で幸せだと感じる精神を得たものこそが、究極の金持ちであり幸せ者なのだ」と。私は大した年収ではないが、一応上場企業に籍を置き、ちょっとした役職もあるため、転職する前の中小企業時代よりは高い給料と優れた福利厚生を得ている。私はこれで満足しているし、これ以上昇進して自由を失うのはこりごりなのだが、妻としてはさらに生活レベルを高めたいと考えているようである。

そんな生活レベルを高めたいなどというくだらない虚栄心を持つ者にも本作をおすすめしたい。

結局のところ留まることを知らない欲望こそが地獄への入り口なのである。夫婦そろってフリーターでも成り立つ生活に満足できれば、そもそも不幸に成りようがないのだから....などと私の考えを書いてみたところで締める。

 

やはり月村了衛はエンタメに魂を売っている

月村氏がデビュー間もない頃に上梓された、山田風太郎忍法帖オマージュの『機忍兵零牙』を読んだ時に「アッ....この作家は読者を楽しませることに魂を売った系の人だ」と認識して『槐』を読んだ時に私の目に狂いはなかったと思ったものだが、『欺す衆生』はエンタメに魂を売った度が飛躍的にパワーアップしてしまっている。

遅咲きの作家のため、すでにいい年齢になっているが、今後も途轍もないエンターテイメント作品を発表してくれることだろう。新作が待ち遠しい作家の一人である。(というか『機龍警察シリーズ』の続編早う(笑)

 

 

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