最強にして高純度のエンタメ作品
しかしそんな面白本もざっと探しただけでも100冊を超えてしまうのではないだろうか。そして結局のところ読む本に困るという事態に陥る経験がある方は多いだろう。
私は万人受けしそうな作風やベストセラー作家はあまり好きになれない(というかなりたくない)というタイプなので、THE 売れっ子作家代表である伊坂幸太郎作品はついつい粗探しをするつもりで読んでしまうのだが、そんな読み方をしていても伊坂作品はどれも非常にエンタメとして優れていると認めざるを得ない。
というのも本シリーズはジャンルとしては広義のミステリやサスペンスに属すると思われるが、ジャンルにとらわれずオールマイティーかつ高純度のエンターテイメント作品だからである。
作品紹介
『グラスホッパー』『マリアビートル』『AX』の3作品が発表されている。
先に注意点を書いておくが、世の中には『殺し屋シリーズ』は順番を気にしなくてもあまり前作と繋がっていないから大丈夫、といった意見が見受けられる。たしかにストーリーは延長線上にあるわけではないので、順番通りに読まなくても分からないことは特になく読むことはできる。
しかし『グラスホッパー』の重要人物は続編でも登場し活躍するし、何よりもまずいのは、前作での生存者といった重大な情報が『マリアビートル』や『AX』で分かってしまうので、100%楽しむためにも、またネタバレ回避のためにも必ず順番通りに読むことをおすすめしたい。
まぁどの作品も問答無用のエンタメ傑作なので、順番通りに読まない理由はないだろう。
1作目 グラスホッパー(2004年)
「復讐を横取りされた。嘘?」元教師の鈴木は、妻を殺した男が車に轢かれる瞬間を目撃する。どうやら「押し屋」と呼ばれる殺し屋の仕業らしい。鈴木は正体を探るため、彼の後を追う。一方、自殺専門の殺し屋・鯨、ナイフ使いの若者・蝉も「押し屋」を追い始める。それぞれの思惑のもとに―「鈴木」「鯨」「蝉」、三人の思いが交錯するとき、物語は唸りをあげて動き出す。疾走感溢れる筆致で綴られた、分類不能の「殺し屋」小説。
伊坂幸太郎は芸術的な伏線回収の巧みさに定評がある作家だが、『グラスホッパー』は「鈴木」「鯨」「蝉」という普通の人+2名殺し屋目線で物語が展開する中で多くの伏線をばらまき、それがスッキリ爽快!と思わず叫びたくなるくらいキレイに回収される。
物語自体とても勢いがあり、スタイリッシュに話が展開されていくため、とても面白いというのは言うまでもないのだが、ミステリー好きであれば伏線回収の妙技に震えることだろう。
また鈴木や鯨、蝉以外にも複数の魅力的な殺し屋や外道キャラが登場するので、キャラ同士の掛け合いもとても面白い。
なお『グラスホッパー』は生田斗真、浅野忠信、山田涼介、波留、菜々緒などのキャスティングで映画化されている。 完成度は観てのお楽しみだが、キャストはこれでもかというほどイメージ通りである。
2作目 マリアビートル(2010年)
幼い息子の仇討ちを企てる、酒びたりの元殺し屋「木村」。優等生面の裏に悪魔のような心を隠し持つ中学生「王子」。闇社会の大物から密命を受けた、腕利き二人組「蜜柑」と「檸檬」。とにかく運が悪く、気弱な殺し屋「天道虫」。疾走する東北新幹線の車内で、狙う者と狙われる者が交錯する――。小説は、ついにここまでやってきた。映画やマンガ、あらゆるジャンルのエンターテイメントを追い抜く、娯楽小説の到達点!
星の数ほどあるエンタメ小説の中でも最強候補の超傑作、それが『マリアビートル』である。
ノリは前作に近く、殺し屋が入り乱れて大変なことになる話なのだが、あらゆる面で前作を凌駕しており、600ページに迫る大作でありながら退屈なシーンがないどころか、徹頭徹尾ハイパー面白いという奇跡的な完成度なのである。
前作の以上に魅力的な殺し屋や、読書中ひたすらぶっ殺したくなる外道中の外道、そして前作で活躍したキャラの再登場とキャラクターの魅力はさらに向上し、走行中の東北新幹線というクローズドな状況により緊迫感やスピード感も跳ね上がっている。
またページ数に比例して増大した伏線回収の妙技も堪能できる。
とにかくひたすら面白いので何が何でも読んでほしい!!
ちなみに『マリアビートル』は『Bullet Train』のタイトルでハリウッド映画化されることが決まっている。主演はブラッド・ピットでレディーガガも出るらしい。さらに日本からは真田広之も出演するそうな....。日本の小説がハリウッド映画化されるのはうれしいものである。
3作目 AX(2017年)
「兜」は超一流の殺し屋だが、家では妻に頭が上がらない。一人息子の克巳もあきれるほどだ。兜がこの仕事を辞めたい、と考えはじめたのは、克巳が生まれた頃だった。引退に必要な金を稼ぐために仕方なく仕事を続けていたある日、爆弾職人を軽々と始末した兜は、意外な人物から襲撃を受ける。こんな物騒な仕事をしていることは、家族はもちろん、知らない。物語の新たな可能性を切り拓いた、エンタテインメント小説の最高峰!
複数の登場人物の視点が入り乱れて展開される『グラスホッパー』『マリアビートル』とは少々趣が異なり、ほぼ妻子ある恐妻家の殺し屋「兜」の視点で語られる連作短編集となっている。
ホームドラマやコメディ要素が濃厚な「AX」「BEE」「Crayon」で前作までとは異なるタイプの楽しさを堪能していると、「EXIT」→「FINE」でミステリ的な物語が展開され、感動的なラストを迎えるというこれまた傑作なのである。
私はホームドラマといった作風があまり好きではないし、恐妻家というのも共感できないのだが、それでもなお一気読みさせられるという優れたエンタメだった。
『AX』もまた映画化に適した作品なので、きっとそのうち映画化されるだろう。