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『ここから先は何もない』山田正紀|『星を継ぐもの』に挑んだハードSFミステリ

国内SFの重鎮による渾身の一撃

 

作品紹介

山田正紀による『ここから先は何もない』は2017年に河出書房新社より出版された作品で、文庫版で450ページ程度の書き下ろし長編である。

日本SF界の大御所がオールタイムベストSF『星を継ぐもの』に”異議あり”を唱え書かれた作品のため、『星を継ぐもの』のオマージュが随所にみられるが、著者の集大成ともいえる内容となっており、ハードSF・本格ミステリ・冒険小説の要素が余すところなく盛り込まれていて、オリジナリティの高い物語に仕上がっている。

また当時60代後半のお爺さんが書いたとは到底信じられないほど、豊富なIT知識が披露されており著者の健在振りが見て取れる。只者ではない。

そんなハードSFと本格ミステリが融合した傑作について書いていきたい。

 

 以下、あらすじの引用

日本の無人探査機が三億キロ彼方の小惑星〈パンドラ〉で採取してきたサンプルには、なぜか化石人骨が含まれていた。アメリカが不当にも自国の管理下に秘匿したその化石人骨“エルヴィス”を奪還するために、民間軍事会社のリーダー大庭卓は奪還チームを結成する。天才的なハクティビストハッカー+アクティビスト)・神澤鋭二、早朝キャバクラでアルバイトをする法医学者・藤田東子、非正式の神父にして宇宙生物学の研究者・任転動、そして正体不明の野崎リカ。厳重な警備が敷かれた米軍施設から、“エルヴィス”を奪還することはできるのか。そして、三億キロ彼方の“密室”では一体何が起こったのか……?

 

ハッキング冒険活劇

『ここから先は何もない』は『星を継ぐもの』に挑んだ作品だが、中盤まではハクティビストハッカー+アクティビスト)と称される主人公が、アメリカに奪われてしまった三億キロ彼方の小惑星で発見された化石人骨を、ハッキングの技術を駆使して取り戻すという流れになっている。

そのため『007』や『ミッションインポッシブル』のような映画を見ているのと同じような感覚で楽しむことができる。ここで披露される著者のIT知識は相当なもので、ITに興味がある方や、ITエンジニアが読めば「このお爺さん(著者)はいったいどうなっているのだ...?」となることは必定である。だからといってマニアックで読みにくいかと言えばそんなことはなく、スマホを普通に使ってるような人なら問題なく楽しむことができるだろう。むしろ情報セキュリティの勉強になっていいと思う。当方インフラエンジニア寄りの技術者のため、血沸き肉躍るような高揚感を得ることができた。

 

スタンドアローン超絶密室

『ここから先は何もない』はどちらかというと、SFよりも本格ミステリに力が注がれた作品だと言えるのかもしれない。というのも本作で描かれる密室は、ある意味最大最強の密室と言えるからである。

冒険活劇が展開される一方で、三億キロ彼方の小惑星〈パンドラ〉で見つかった化石人骨を発見された経緯が描かれるのだが、そこでの密室事件が凄まじい。密室事件と言っても人が殺されるような殺人事件ではなく、以下のような内容である。

  • 三億キロ彼方の完全に断絶された宇宙空間で、無人探査機が本来の目標である小惑星の間近で突如制御不能になってしまった。制御が復帰するとなぜか別の小惑星に近づいていた。

突如制御を失ったというのは、ハッキングなどの攻撃を受けたと考えるのが妥当だろうが、そもそも無人探査機を攻撃する必要がないし、何より完全にスタンドアローン(何とも繋がっていない)な状況なので攻撃をできるはずがないのである。

これを読んで熱くなった方ならSFにあまり興味が無くても読む価値は十二分にある。ガストン・ルルー『黄色い部屋の謎』を引き合いに出しながら、謎解きされていく展開は超高品質な本格ミステリと言えるだろう。

そしてメインの謎は当然”化石人骨”の方なので、すた丼を食った後に二郎系ラーメンが出されるようなものである。気合いを入れて読まなければならないのだ。

 

無駄に個性的なキャラクター

『星を継ぐもの』のように化石人骨の謎に迫る研究チームが結成されるのだが、それが「果たしてその設定は必要なのか?」とツッコミを言わずにはいられない程度には無駄に個性的で魅力的なメンバーが集結している。

  • 神澤鋭二:主人公で天才的なハクティビスト
  • 大庭卓:民間軍事会社の経営者
  • 野崎リカ:正体不明の超スタイルの良い美女、強い。萌え
  • 藤田東子:早キャバでアルバイトをする法医学者
  • 任転動:任天堂(笑)、非正規の神父にして宇宙生物学の研究者

上の三人もそれなりに強烈なキャラクターなのだが、後半活躍する下の二人は無駄にインパクトのあるプロフィールを持つ。それが作中で何かキーになったかというとそんなことはなかったような....(笑)これは著者が面白いものを書いてやるぜ!というサービス精神なのだろう。どんなに優れたSFもミステリも肝心なエンターテイメント要素が弱くてはダメダメだと私は考えているので、こういうのは大歓迎なのである。

 

化石人骨”エルヴィス”

やっとたどり着いたメインテーマ。化石人骨”エルヴィス”の正体の究明こそが、本作の真の醍醐味を最大限に味わうことができるのである。

そして(もしかしたら違うかもしれないけど)、化石人骨が発見されたカラクリこそが、山田正紀が『星を継ぐもの』に待ったをかけるに至った箇所なのだろうと思われる。ここを書いてしまうと本作の楽しみを大いに奪うことになるので、どんな秘密があるのかはご自身でご確認いただきたい。(ネタバレを求めていた方はごめんなさい!)

ここまでの一連の流れの裏で潜む真相の深淵さは凄まじいものがあり、あんまり関係ないのかもしれないが、野﨑まど氏の『正解するカド』....というか『幼年期の終わり』が脳裏をよぎったりした。

超理論から導かれる壮大なスケールの真相は圧巻である。しかも最後の最後には『三体 黒闇森林』的な必殺技が披露されるので最後の最後まで、緩むことなく楽しむことができる。”ここから先は何もない”けれども何せスケールがデカいというのがポイント。

 

『星を継ぐもの』を超えたか

この記事を読まれた方は『星を継ぐもの』と比較してどうなのかが気になることと思われるが、比べるような作品ではないというのが答えである。

ハードSFと本格ミステリを核にしつつ、エンターテイメント要素を要素をこれでもかと注ぎまくったのが『ここから先は何もない』なので、物語の方向性も楽しむべき部分もまったく異なるからだ。国産SFミステリで面白いものをお求めなら読んで損はないだろう。

 

 

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