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『狐笛のかなた』上橋菜穂子|菜穂子が乙女ってる和風ファンタジー

縛りプレイ恋愛に心が締めつけられる(嘘)

 

文庫の装丁も良いけど単行本はさらにいとおかし

作品紹介

上橋菜穂子による『狐笛のかなた』は2003年に理論社より出版された作品で、文庫版で400ページ弱の著者にしては短めな長編である。

本作の特徴は昔の日本を思わせる国が物語の舞台となっていること、ファンタジー要素が上橋作品の中では強めなこと、上橋女神の乙女チックな側面が発揮されまくっていることだろう。また文庫本1冊で完結するというのも大きなセールスポイントである。

他の単発作品にはデビュー作の『精霊の木』や『月の森に、カミよ眠れ』があるのだが、この2作品は初期作品ということもあり、まだ粗削りな感じが否めない。しかし本作では安定の上橋クオリティなので万人に安心しておすすめすることができる。

それなりに恋愛要素がある上橋作品の中でも、『狐笛のかなた』は特にせつなく熱々な感じになので、そっち方面が好きな方にはたまらないだろうし、単発で終わらせるには惜しい魅力的なキャラクターがいるのも個人的には良い。そんな本作について書いていく。

 

 以下、あらすじの引用

小夜は12歳。人の心が聞こえる“聞き耳”の力を亡き母から受け継いだ。ある日の夕暮れ、犬に追われる子狐を助けたが、狐はこの世と神の世の“あわい”に棲む霊狐・野火だった。隣り合う二つの国の争いに巻き込まれ、呪いを避けて森陰屋敷に閉じ込められている少年・小春丸をめぐり、小夜と野火の、孤独でけなげな愛が燃え上がる…愛のために身を捨てたとき、もう恐ろしいものは何もない。

 

鶴の恩返し

『狐笛のかなた』は上橋版『鶴の(過剰)恩返し』である。

ただし鶴ではなく狐。それもただの狐ではなく、呪者に使い魔として使役される霊狐と呼ばれる霊的で戦闘能力の高い狐である。そんな霊狐の野火が超ピンチになっているところを偶然通りすがっていた主人公にして心の声が読めたり色々できる不思議系少女・小夜が着物をバッと開いて衣の中に狐を非難させて、そのままヤバ目な屋敷に逃げ込んで命を助けたところから物語は幕を開ける。それ以降人間の姿になるとイケメンの野火がひっそりと小夜を見守り、ピンチになるとさりげなく登場して助けてくれるという、上橋作品にしてはめずらしい胸キュン系(笑)な乙女物語なのである。

小夜もイケメン野火が助けてくれることにまんざらではないため、ラブラブしたいところなのだが、二人の立ち位置と呪者に使い魔とされている野火の境遇により、その恋愛は禁断の恋となってしまっていることにこの物語の素晴らしさがある。

世界観は明言されてはいないものの、平安時代あたり(全然違うかも)の日本が舞台となっていて、上橋女史の筆致や悲恋の物語と相まって、読んでいて本当に作品世界に引きずり込まれることになるだろう。

というか女の人ってイケメン狐と乙女な少女の恋愛がやたら好きな感じがするのだけど、上橋女史もだったのですなぁ。女性のこのカップリングフェチにはなにか理由があるのだろうか(笑) BLと狐×乙女だけは永遠の謎となりそうである。

 

手加減なしで創り込まれた設定

上橋作品と言ったら創り込まれていて、地に足のついた世界観のファンタジーが売りだが、『狐笛のかなた』もその例に漏れず、400ページ程度の尺で終わらせるには惜しいほどに世界観や呪者や使い魔などの設定が創り込まれており、登場人物もとても良キャラばかりである。

『狐笛のかなた』の物語では大国の中にある二つの小国が、憎しみあい争いを続けている。地位的に優勢な方の国に小夜は属しており、国力的には劣勢だが強力な呪者を抱えることにより戦力的には優勢な国に霊狐の野火は属している。大昔(と思われる)世界なので、強力な呪者の有無が勝敗を左右し、その呪者の主戦力が使い魔の霊狐である。野火は呪者に使役される使い魔の一人で、小夜とは戦わなければならない宿命にあり、呪者に逆らうと命を落としてしまうため、悲恋となるのである。

国や登場人物の背景を細かいところまで徹底的に、設定されているのでとにかく没入感が凄い。上橋女史は思いつきで物語を書き始めるということだが、それが信じられないくらいのプロットは毎度のことながら驚嘆するのみである。

 

玉緒(萌)

呪者は三人(匹かも)の霊狐を使い魔として使役しているのだが、その内の一人に妖艶な美女として描かれる玉緒というキャラクターがいるのだが、これがもうめっちゃたまらん良キャラなんです。

上橋作品といったら魅力的なキャラクターも数多く存在していて、個人的には『守り人シリーズ』のバルサやジグロ、『鹿の王』のヴァンやサエが特に好きなのだが(渋いキャラばっかり笑)、玉緒はそういったキャラクターとは異なるタイプでありながらも、勝るとも劣らない魅力を持っているのである。多作のキャラに例えるならば、『鬼滅の刃』の堕姫(お兄ちゃんが出てくる前)的な感じなので、男の読者が読むと大抵は好きになると思われる。しかもこの玉緒さん、敵キャラであるにも関わらず、かなり良い仕事をしてくれるため好感度はさらに爆上がりだ。何をやらかしてくれるのかは、ぜひ読んで確かめてみてほしい。

いや~...玉緒さんいいよ、玉緒さん。

ちなみに読書ブログだし一応書いておくと、この玉緒さん、私が生涯最高の作品の一つにしている『三体 死神永世』の最強萌えキャラとも通じるものがあり、やはりたまらないのです。

 

展開もラストも最高

400ページ弱で終わらせるにはもったいないほど創り込まれているだけあって、物語は無駄なくゴリゴリ進んでいくので、スピーディな展開を見せる。

小夜の出自が徐々に判明してきて、ますます野火との対峙が避けられなくなる一方、小夜と野火の相思相愛度が高まっていくなど、終始勢いがあるので読み始めたら最後まで読み通すことになる可能性が高い。

終盤の小夜と呪者が対峙するシーンはかなりテンションが上がるシーンであり、ファンタジー要素満載な結末も、何とも言えないが、どちらかというと幸福な余韻に浸ることができて、読んで良かったなぁと思えること間違いなしである。

 

ファンタジー好きにはマスト

上橋作品はファンタジーでありつつも、意外にもファンタジー要素は少ない作品が多いと思っている。『獣の奏者』以降は科学的ミステリーな要素が高まってきてなおさらその傾向が強いのだが、『狐笛のかなた』は文句なしにファンタジーしまくっているので、上橋作品にファンタジーを求めるのなら最高の選択肢になるだろう。

それと乙女チックな上橋女史を知りたい方にもマストな作品である。『精霊の守り人』を読んだ後に、大作に恐れをなして尻込みしているような方には、単発読み切りの傑作『狐笛のかなた』を強くおすすめしたい。

 

 

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