山田風太郎らしさが凝縮された愛すべき忍法帖
作品紹介
山田風太郎による『銀河忍法帖』は1967年から1968年に週刊文春で連載されていた作品で、後に角川文庫に加えられた。山田風太郎生誕100周年を記念して2021年に復刊された角川文庫版ではおよそ500ページとボリュームのある長編である。
忍法帖シリーズは純粋に娯楽に特化した作品から、歴史小説の度合いが高い作品、やたらエロい作品やミステリの手法で描かれた作品など様々なタイプの物語があるのが特徴だが、『銀河忍法帖』はシリーズの多くの優れた要素を良いとこ取りしたような内容でとにかくエンターテイメント作品として優れている。
主人公「六文銭の鉄」の愛すべき馬鹿なのにかっこいいキャラクターによる、笑いあり涙あり(エログロもなかなか派手)の超傑作を気合を入れて紹介していく。
以下、あらすじの引用
不敵な無頼者「六文銭の鉄」の活躍を描く、幻の傑作忍法帖!多くの鉱山を開拓し、家康さえも一目置いた稀代の傑物・大久保石見守長安。彼に立ち向かい護衛の伊賀忍者たちと激戦を繰り広げる不敵な無頼者「六文銭の鉄」の活躍を描く、爽快感溢れる忍法帖!
最高の主人公「六文銭の鉄」
『銀河忍法帖』の最大の魅力は何と言っても愛すべきバカの化身「六文銭の鉄」の存在である。山田風太郎が書くちょっとおバカだけど魅力的なキャラクターは本当に最高なのだが、作品の都合上、登場人物が多かったり、すぐに死んだりでちょっと物足りない感があるのだが、六文銭の鉄は主人公なので最初から最後まで活躍しまくるので、良キャラを堪能することができる。
しかもこの「六文銭の鉄」、伊賀の精鋭忍者を秒殺するという鬼のような強さなのだが、どうしてこんなに強いのかという秘密が愛すべきおバカにミステリアスな要素を与えており、そこがまた良いのである。そしてその正体が......。
山田風太郎と言えば能力バトル作品の創始者に等しい偉大な天才だが、風来忍法帖や忍法八犬伝でも描いたように、少年ジャンプに登場しそうな”The 主人公”の創始者でもあるのかもしれない。だって「六文銭の鉄」はまさにドラゴンボールの孫悟空なんですもん。(エロいけど)
戦争時代を生きた山田風太郎の思想
第二次世界大戦で大日本帝国が敗けたのは、もちろん国力が圧倒的に劣っていたことが原因なのだろうが、帝国軍人の精神力や名人芸に依存しまくるという問題も大きかったそうだ。(率直に言えば科学的な考えができないバカな国民性だったということ)
そういった事情は山田風太郎の戦争小説などに詳しく書かれているのだが、『銀河忍法帖』は、伊賀忍者たちがサイエンスにより製造された”戦車”に成すすべなく玉砕するところから開幕する。また忍者が厳しい修行のもとに習得する忍法は、その忍者が死んだらおしまいの名人芸だと大久保長安が伊賀忍者の精鋭の前で豪語している。しかもディスられた伊賀の精鋭たちはその後、”妖花親衛隊”こと大久保長安の美女親衛隊が操るサイエンス兵器の前に悉く破れてしまっているのがなんともせつない。
太平洋戦争では1942年のミッドウェー海戦で日本軍の空母4隻と名人芸を持つ優秀な航空兵を大勢失った時点で敗北が確定していたというのを百田尚樹の『永遠の0』で読んだ気がするのだが、山田風太郎は忍者小説の中で忍者はオワコンと言ってしまうのだから本当に面白い。
六文銭の鉄 VS 伊賀の精鋭+妖花親衛隊
『銀河忍法帖』は山田風太郎のミステリ作家としての手腕が発揮されていて、衝撃の真相があるタイプの作品なのだが、基本的には六文銭の鉄が惚れた女を助けるために奮闘する分かりやすい展開の物語である。
六文銭の鉄が戦うのは、惚れた女”朱鷺”が敵対する大久保長安配下の伊賀精鋭忍者5人とサイエンス兵器を用いる長安の女親衛隊5人である。六文銭の鉄は一定時間女を抱かないと鼻血が出る体質(笑)なので頻繁にセックスしなければならないのだが、朱鷺に性交を禁止されてしまう。でも妖花親衛隊だけは犯してもOKということになり、敵の女はみな犯すというまさに山風なスタイルが取られている。
作品の冒頭で明かされるのでネタバレにならないと判断して、それぞれの忍者や妖花親衛隊の技や使用武器を挙げておく。今回は忍法自体は結構まともなものが多いのが特徴。
伊賀忍者
- 魚ノ目一針
両手両足の指に10センチ程度の針をはさんで、一本一本を自在に相手に命中させるという忍法針地獄を用いる。 - 狐坂銀阿弥
もがけばもがくほど締まっていく琴糸を輪投げのように扱う、忍法縛り首を使う。 - 牛牧僧五郎
鉄球を投げるという忍法手投弾を使う。 - 象潟杖兵衛
作中では西洋のホーリイ・ウォーター・スプリンクラー(聖水撒布器)と称しているが、要はモーニングスターを使う忍者である。忍法連枷と呼んでいる。 - 安馬谷刀印
左右の手で同時に別々の武器を自在に操という忍法合奏刀を使用する。
ピアニストとかドラマーになったらさぞ凄いのだろう(笑)
妖花親衛隊
- お凪
硫酸入りのギヤマンの瓶を投げる。 - 真砂
はがね摩羅(笑)という、鋼の線を螺旋に巻いて細い筒にした武器を使用する。30センチから3メートルに一気に伸びて敵を打つので地味に強い。 - お船
七連発の短銃を使う。ぶっちゃけ最強(笑) - お珊
水鉄砲のように油を飛ばした直後に焼けた針を射出して敵を燃やす火炎筒を使う。これもなかなか強い。 - お汐
淫霧と称する媚薬の入った煙幕を張る(笑)どう考えてもエロ要素を出すためだけに山田風太郎が考案した武器。
拷問器具の数々
西洋に精通してる大久保長安が数学者の毛利算法とタッグを組んで考案した、西洋の拷問器具にアレンジを加えた多くのヤバい拷問器具が登場する。(しかも一つ一つ詳しく解説される)
エロ全開な拷問器具として一枚の板の性器の部分にだけ穴が開いたものが、いかにもこれから何が起きるのかを想起させられて勃起させられるが、最恐最悪の拷問器具と称される”ザ・ブーツ”が登場するのが怖い。これは木や鉄でできたブーツをはかされて、足とブーツの隙間に楔を打ち込んでいくという地味ながら最悪な拷問に認定されている。想像すると前述のエロ拷問板で勃起したちんこが縮こまってしまうこと間違いなしある。
絶対にわざとやってる(笑)
山田風太郎小説は真面目なシーンにもかかわらず、荒唐無稽なアホ要素を入れてくることによって苦笑(ただし爆笑)を引き起こす天才である。
そんな山田風太郎の笑わせる技術は本作でも全開だ。敵対する伊賀の精鋭忍者たちがいかに苦労して忍法を習得するに至ったかを、懇切丁寧に...場合によっては丸々1章使って説明してくる。「こいつらマジで強いんだなぁ」と思わせてからのワンパンである。これはマジで笑える。山田風太郎の筆力を用いて丹念に描かれているからこそ猛烈に「おい!(笑)」となるのだ。
特に一番最後に敵対する伊賀者は爆笑間違いなしである。六文銭の鉄はワンパンマンの”サイタマ”である。最後の伊賀忍者戦はずばり超強い設定らしいのにサイタマにワンパンで沈められた怪人たちを思い出した。
衝撃の真相
これはマジで凄いですぞ。江戸川乱歩に認められて推理作家としてデビューした山田風太郎のミステリの手法が炸裂している。衝撃の真相やどんでん返しの連続など、並大抵ではない山風ミステリ十八番のパターンが『銀河忍法帖』でも見事に決まっている。
六文銭の鉄の目的と正体、そして朱鷺の目的と正体が明らかになり迎える凄絶な結末で、『銀河忍法帖』の原題”天の川を斬る”の意味を理解することになる。いやぁ....山田風太郎は本当に凄いよ。どんなに語彙力があろうと凄いとしか言えない気がする。
ぜひせつないラストを読んでみてほしい。山風忍法帖ここにありである。
今でも通じる極上のエンタメ
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