すべてを超えた貴志祐介の最終兵器
作品紹介
貴志祐介大先生による『新世界より』は講談社から2008年に出版された作品である。文庫版は3分冊でおよそ1500ページという大長編だが、SFやファンタジー、ミステリーだけでなく青春や恋愛、さらにはホラーとオールジャンルであり、緊張感のあるシーンが続くため長さはまったく感じさせない。
エロありグロありでエグい描写も多いのでそれなりに人を選ぶ作品だが、多くの方が人生最高の作品候補に挙げるだけあって、傑作揃いの貴志作品の中でも完成度が飛び抜けている。文句無しの神傑作であり、名作と称される数多の小説は本作の足元にも及んでいない。
以下、あらすじの引用
ここは病的に美しい日本(ユートピア)。
子どもたちは思考の自由を奪われ、家畜のように管理されていた。手を触れず、意のままにものを動かせる夢のような力。その力があまりにも強力だったため、人間はある枷を嵌められた。社会を統べる装置として。
1000年後の日本。豊かな自然に抱かれた集落、神栖(かみす)66町には純粋無垢な子どもたちの歓声が響く。周囲を注連縄(しめなわ)で囲まれたこの町には、外から穢れが侵入することはない。「神の力(念動力)」を得るに至った人類が手にした平和。念動力(サイコキネシス)の技を磨く子どもたちは野心と希望に燃えていた……隠された先史文明の一端を知るまでは。
第29回日本SF大賞受賞 第1位
完成された世界観
貴志先生による『エンターテイメントの作り方』によると『新世界より』は"生物の攻撃抑制に対する興味"から着想したとのことだ。すなわち生身の人間に他人を殺められるような、強力な攻撃力が備わっていたらどのような社会が生まれるのかという疑問から、世界観やプロットが構成されている。
しかもこのネタは学生時代から温めてきたようで、SFに傾倒していたという1986年には『凍った嘴』という『新世界より』の原点になった作品が書かれ、ハヤカワ・SFコンテストに佳作入選している。
したがって『新世界より』の世界観は、SF好きの貴志先生が長きに渡って練りに練りまくった上で誕生しているのだ。ただでさえ重厚な作品を書く貴志先生が、本気を出したらどんな世界が描かれるのかは、読んで確かめるしかないだろう。
私の魂は神栖66町に囚われたままである。
呪力 (超能力、サイコキネシス)
なぜ『スターウォーズ』や『マトリックス』、『JOJO』や『HUNTER×HUNTER』は人気なのだろうか?
それは"本気を出せば俺にだってフォースの力だろうが念能力だって使えるぜ!!"という中二病精神を刺激するからである。(本当にそうなのかどうかは知らんが。)
こういった作品は修行風景が丁寧に描かれており、修行をすればできそうな気がしてしまうのだ。
『新世界より』で扱われる"呪力"も護摩を焚き、集中して火を見ながら真言(マントラ)を唱えれば身についてしまいそうなのだ。(催眠や洗脳の叡智も思いっきり取り入れられている。)というか程度はどうあれ習得できるだろう。
脳科学や認知科学、オカルト系の本を読めば、サイコキネシスというのがオカルトではなく実在するものだというのが理解できるし、某脳科学者と某ヨーガの達人は"瞑想で人は殺せる"と断言している。そう....."呪力"は実在するし、現代の人間でも使用可能なのだ。
貴志先生はデビュー作の『十三番目の人格 ISOLA』からして、脳科学や認知科学、オカルトに造詣が深いのが伺える。そういった知識をフル活用して考案されたと思われる"呪力"はリアリティがあり、少年少女たちを修行に駆り立てる魅力を秘めているのである。
エロい。
前述したが本作は"生物の攻撃抑制に対する興味"から誕生している。皆が核兵器のボタンを持っていると形容されるくらい超強力な呪力をどうやって人に向けて使わせないようにするのか?
個体間で緊張が高まると擬似的な交尾行動(マウンティング)、オス同士で尻をつけあう(尻つけ)、メス同士で性皮をこすりつけあう(ホカホカ)などの行動により緊張をほぐす。
それを人間に当て嵌めるとどうなるか。
想像にお任せするとしか言いようがないが、ここは一つアニメのワンシーンを挙げておく。百合&BL全開な上に、未成年のセクロスも実に違和感なく盛り込まれている。
センスに溢れた架空の用語
やたらセンスの良い造語が大量に登場する。以下はそのほんの一例である。
◇神栖66町
◇ラーマン=クロギウス症候群→別名『鶏小屋の狐』症候群
混沌型のラーマンⅠ~Ⅳ型と秩序型と呼ばれるクロギウスⅠ~Ⅲ型
◇橋本アッペルバウム症候群
◇神聖サクラ王朝
◇謎の生物:バケネズミ、ミノシロ、ネコダマシなど
◇古の大量破壊兵器:サイコバスター
このような架空の用語が多数登場する一方で、Panasonicや東芝、霞ヶ浦や東京といった実在する名詞が登場することによって、架空の用語も実在するのではないか?という錯覚をもたらされる。最初に読んだ時にPanasonicや東京が出てきた時のテンションの上がり方は相当なものであったことを覚えている。
儚い青春と切ない恋愛
まやかしの学園生活。そして消えていく仲間達。
ホラー全開の地獄の後半戦
貴志先生と言ったら『黒い家』や『天使の囀り』を書いた天才ホラー作家だ。『新世界より』はSFだけでなく、貴志先生が他の作品でも披露したすべての才能が結集している集大成である。したがってホラー作品としても超一級品なのだ。
『黒い家』『クリムゾンの迷宮』では恐ろしい相手が襲ってくるというスリリングな描写が炸裂しているが、『新世界より』は敵の強さやスケールのでかさが比較になっていない。それでいて”夏”で”田舎”というホラーの王道的なシチュエーションであるため、数ある貴志ホラーの中でも最高傑作と言っても過言ではない。
ストーリー序盤からすでに不穏な空気は全開なのだが、後半は不穏を通り越して完全にホラー小説以外の何物でもない。特に"○○"との邂逅シーンの恐怖度は、個人的には『黒い家』を完全に凌駕している。
何がどうなったら白目をむいて泡を吹いてしまうのかは読んでみてのお楽しみである。ド派手な残虐描写もあるので覚悟しよう。
魅力あふれる個性的なキャラクター
貴志作品には『黒い家』の菰田幸子や『硝子のハンマー』の榎本径、『悪の教典』のハスミンなど、著者がかなりこだわったと思われるようなインパクトのあるキャラは確かに存在する。しかし男気溢れるヒーローのようなキャラクターは果たしていただろうか。『新世界より』には北斗の拳で言うところの、トキやレイ、シュウのような自己犠牲精神に溢れた男の中の男が登場する。
特に奇狼丸はすべての貴志作品の中でもナンバー1のスーパーヒーローだ。
ヒーロー的なキャラ以外にもやんちゃなイケメン、優しいイケメン、奔放な美女など他の作品に比べてもそれぞれの人物の個性が光っている。
人生の目標ができた
『新世界より』が好き過ぎてただひたすら褒め称えてしまったのだが、私ごときの文章力でこの本の魅力を伝えきることなど到底できない。とにかくただ素晴らしい作品なのである。
読了後、私には新たな目的ができた。『新世界より』を超えるほどの面白い本を探し出すということである。このブログのタイトルはその思いから名付けている。
未読の人はぜひとも読んでほしい。学校や仕事がある方は休もう。そんなことをしている場合ではない。既読の方は脳科学やオカルトの本を読んで今すぐ呪力の修行に入ろう。想像力ですべてを変えてしまおう!!
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