神本を求めて

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『流浪地球/老神介護』劉慈欣|神品質超絶短編集

次元の違う圧倒的な傑作群

 

作品紹介

劉慈欣による『流浪地球』および『老神介護』は2022年9月にKADOKAWAより出版された作品で、それぞれ300ページ程度の短編集である。

2022年9月時点で劉慈欣作品はアジア人初のヒューゴー賞受賞作『三体三部作』、短編集の『円』、そしてジュブナイルの『火守』と神レベルの傑作が翻訳されているが、今回も途轍もないクオリティのSF作品であり、早川書房ではなくKADOKAWAから出版されていても翻訳は『三体/円』と同じく大森望氏のため、読みやすく優れた翻訳も健在である。

収録されている全十一作品は初の英訳版短編集『The Wandering Earth』用に著者自身が選別した作品とのことで、ベスト版と言っても良さそうである。そのため初の日本向け短編集『円』とは異なり、長めの作品が多く(文字びっしりの単行本で平均50ページ)、作品の中には他作品と繋がっているものもあるため、実質長めの短編+中編くらいの読みごたえがある。

年間200冊程度の小説を読んでいる私の中で、2022年の1位2位は『流浪地球/老神介護』で確定したも同然級の神作品集について語っていきたい。

 

 以下、あらすじの引用

◆流浪地球

中国大ヒット映画原作、『三体』著者によるSF短編集、待望の邦訳!●ぼくが生まれた時、地球の自転はストップしていた。人類は太陽系で生き続けることはできない。唯一の道は、べつの星系に移住すること。連合政府は地球エンジンを構築し、地球を太陽系から脱出させる計画を立案、実行に移す。こうして、悠久の旅が始まった。それがどんな結末を迎えるのか、ぼくには知る由もなかった。「流浪地球」●惑星探査に旅立った宇宙飛行士は先駆者と呼ばれた。帰還した先駆者が目にしたのは、死に絶えた地球と文明の消滅だった。「ミクロ紀元」●世代宇宙船「呑食者」が、太陽系に迫っている。国連に現れた宇宙船の使者は、人類にこう告げた。「偉大なる呑食帝国は、地球を捕食する。この未来は不可避だ」。「呑食者」●歴史上もっとも成功したコンピュータ・ウイルス「呪い」はバージョンを変え、進化を遂げた。酔っ払った作家がパラメータを書き換えた「呪い」は、またたく間に市民の運命を変えてしまう――。「呪い5・0」●高層ビルの窓ガラス清掃員と、固体物理学の博士号を持ち、ナノミラーフィルムを独自開発した男。二人はともに「中国太陽プロジェクト」に従事するが。「中国太陽」●異星船の接近で突如隆起した海面、その高さ9100メートル。かつての登山家は、単身水の山に挑むことを決意。頂上で、異星船とコミュニケーションを始めるが。「山」

 

◆老神介護

『三体』の劉慈欣、中国で100万部突破のSF短編集!●突如現れた宇宙船から、次々地球に降り立った神は、みすぼらしい姿でこう言った。「わしらは神じゃ。この世界を創造した労に報いると思って、食べものを少し分けてくれんかの」。神文明は老年期に入り、宇宙船の生態環境は著しく悪化。神は地球で暮らすことを望んでいた。国連事務総長はこの老神たちを扶養するのは人類の責任だと認め、二十億柱の神は、十五億の家庭に受け入れられることに。しかし、ほどなく両者の蜜月は終わりを告げた――。「老神介護」●神文明が去って3年。地球で、もっとも裕福な13人がプロの殺し屋を雇ってまで殺したいのは、もっとも貧しい3人だった。社会的資産液化委員会から人類文明救済を依頼された殺し屋は、兄文明からやってきた男から、別の地球で起こった驚愕の事態を訊かされる。「扶養人類」●蟻と恐竜、二つの世界の共存関係は2000年以上続いてきた。恐竜世界の複雑なシステムは、蟻連邦によって支えられていたが、蟻世界は恐竜世界に核兵器廃棄を要求、拒絶されるとすべての蟻はストライキに突入した。「白亜紀往事」●僕が休暇を取る条件は、眼を連れていくことだと主任は言った。デイスプレイに映る眼の主は、若い女の子。ステーションにいる彼女の眼を連れて、僕は草原に旅行に出かけた。宇宙で働く人は、もうひと組の眼を地球に残し、地球で本物の休暇を過ごす人を通して仮想体験ができるのだ。「彼女の眼を連れて」●74年の人工冬眠から目覚めた時、地球環境は一変していた。資源の枯渇がもたらす経済的衰退を逃れようと、「南極裏庭化構想」が立案され実行された結果、深刻な事態が起こっていたのだ。「地球大砲」

 

収録作品

英訳版短編集『The Wandering Earth』を全部収録すると、長くなりすぎるため二冊に分けた経緯がそうな。『流浪地球』は合計六作品収録でそのうち五作は宇宙に関連する内容のためこちらが宇宙編、『老神介護』は合計五作品いずれも地球に関する話のためこちらが地球編として分けているとのことである。

以下、収録作品をまとめて記載する。前述の通りすべての作品が神傑作だが、その中でも特に良かった作品は赤字にしている.....と書いて赤字にしてみると結局ほとんど全作品になってしまったので(笑)、マイベスト級の神傑作に厳選して赤字にした。

流浪地球

  1. 流浪地球(2000年)
  2. ミクロ紀元(1999年)
  3. 呑食者(2002年)
    ※『円』収録の「詩雲」の前日譚
  4. 呪い5.0(2009年)
  5. 中国太陽(2001年)
  6. 山(2005年)

老神介護

  1. 老神介護(2004年)
  2. 扶養人類(2005年)
    ※「老神介護」の後日譚
  3. 白亜紀往事(2004年)
  4. 彼女の眼を連れて(1999年)
  5. 地球大砲(2003年)
    ※「彼女の眼を連れて」と関連している

 

流浪地球

映画版がNetflixで全世界に配信された作品で日本名は『流転の地球』。

シンプルにまとめると400年後に太陽が超爆発(ヘリウムフラッシュ)するから、地球にエンジンをつけて地球ごと他の恒星に移住しようという超絶スケールの物語である。この壮大極まるプロジェクトをハードSFとして書ききる力量も凄まじいが、なにより地球内でプロジェクトを巡って巻き起こる悶着などストーリーテラーとしての能力も発揮しまくっている。

 

ミクロ紀元

太陽爆発(スーパーフレア)で地球文明が滅ぶため、地球外に住むことができる惑星を求めて旅立った宇宙飛行士〈先駆者〉が、結局惑星を見つけることができず、2万5千年後に地球に帰還し、変わり果てた地球の姿と文明を目にするという物語。

シリアスな設定に反してコミカルな展開なのが面白い。変わり果てた文明の様相から真相が分かるまではファンタジーの印象も受ける作品で、劉慈欣の奇想が遺憾なく発揮されている。奇想と言いながらもハードSF作品だけあって、「もしかすると本当に実現できるんじゃね?」という気分に浸れる。

ちなみに本作が筒井康隆氏のベストらしい。

 

呑食者

恐竜のような見た目の宇宙人が地球の資源を奪いつくそうとする侵略SF作品である。

短編集『円』収録の「詩雲」の前日譚にあたる物語だが、別にどちらを先に読んでも、またどちらかしか読まなくても面白い独立した傑作である。個人的には『流浪地球』収録作品中のベストである。

人類にとってはめっちゃヤバいシチュエーションなのに、なぜかほのかに漂うユーモアがたまらず読む手が止まらなくなる。またモラルに対する著者の考察は素晴らしさを感じるとともに、蟻に対して畏敬の念を持つようになった。私自身アリの巣観察キットで蟻を飼っていたことがあるが、彼らの組織力と働き者っぷりは感動ものである。

いよいよ地球が滅びる....となった時の人類の抵抗作戦が非常に面白く、ハードSFの真骨頂を体感することができた。それとエリダヌス星の少女がすごくかわいいですな(笑)

読みどころ満載なうえに、最後の最後で判明する衝撃の真相とせつない終幕が素晴らしい。ますます著者のファンになってしまう最高のハードSFだと思う。

 

呪い5.0

筒井康隆星新一を合わせたかのようなスラプスティックでブラックなアホ終末SF。

『流浪地球』収録作品の中では唯一宇宙が関わらない内容だが、迎える結末は人類滅亡といった意味ではスケールが大きい。ITネタが豊富に使用されるのである程度プログラミングの知識があった方が楽しめるのかもしれない。

要はある一人の女性が男に恨みを持ってさほど実害の無い”呪いのプログラム”を作成したのだが、時を経て「呪い」プログラムが1.0から2.0へ、さらに3.0→4.0→5.0とアップデートされて大変なことになるという内容である。登場人物には劉慈欣本人と実在の作家仲間が登場して、酔った勢いで「呪い」にヤバいアップデートをかけてしまうというおバカ極まる展開がクッソ面白い。そして思いのほか残酷なエグイ内容でもある。

個人的に優秀なSF作家だと思っている恩田陸さんは本作がベストらしい。

 

中国太陽

劉慈欣が得意とするテーマである極貧農村から物語は始まる。

極貧農村出身の主人公が都市に出稼ぎに行って、夢を掴もうと奮闘していて高層ビルの窓拭き”通称 スパイダーマン”として働いていると、超壮大な仕事にスカウトされるという物語である。

読了者の感想を見ていると、本作をベストに挙げる方が最も多いように見受けられるが、ド田舎の貧乏人の出世物語と後半の優れたエンターテイメント性を持ちながらもハードSFの魅力も全開であることを考えると妥当だと思われる。

スパイダーマンがどのような仕事にスカウトされるのかについては本編でご確認いただきたいが、宇宙編だけあってまさに宇宙でスパイダーマンのスキルを活かせるトンデモな仕事であることだけは触れておきたい。本当に著者はよくこんなことを思いつくなぁと思わずにはいられない。

最後まで読み終えてから冒頭を振り返るとそこはかとないせつなさに浸れる素晴らしい作品だと思う。

 

どこの『天元突破グレンラガン』だよ(笑)...とツッコミを入れたくなる超傑作。

仲間を山で死なせてしまった元登山家が、異星人の宇宙船襲来による引力で海が隆起してできた世界最高峰の海山に泳いで登山するという物語である。

泳いで山を登るという奇想からして凄まじいものがあるが、何と言っても登山後に邂逅する異星人の生まれ故郷の話が強烈極まりない。(というか「そこに山があったら上りたい」が前提になっているのはちょっと笑える)

宇宙にもいろいろな考え方があるのだろうけど、本作で語られる宇宙観はなかなか興味深いものがある。ドリルで宇宙に風穴を開けてみたい方には超おすすめである(笑)

 

老神介護

わしらは神じゃ。この世界を想像した労に報いると思って、食べものを少し分けてくれんかのう.....」な物語(笑)

筒井康隆氏が書きそうなドタバタSFかと思いきや、かなりの本気SFであるところが意表を突かれて面白い。衰退していくことが目に見えている神文明が、将来養ってもらうために非常に壮大なスケールのプロジェクトにより人類を創造したという内容で、20億人のお爺ちゃんお祖母ちゃんが地球に飛来して、そのうちの一人を中国の家族が養っていく。神に辛辣な秋生一家だがハートフルな一面も垣間見えてラストはうるっと来るあたり、やはり著者のストーリーテラー振りを感じる。

最後の方で明らかになる『三体』の暗黒森林理論にも通じる兄文明の存在と、人類も老後のことを考えなきゃ...という置き土産がとても良い。

 

扶養人類

老神介護の後日談にして、地球の兄文明がいよいよ攻めてくる物語.....かと思って読むとまったく想定外の展開が待っている、著者のストーリーテラー振りが全収録作品中最も強烈に発揮された作品である。

まるっきりノワール(犯罪小説)な雰囲気で、主人公の殺し屋が世界最高級の金持ちたちに、超貧乏人の殺害を依頼されるという本格ミステリでいうところの”ホワイダニット”(Why done it)作品の魅力を持っている。

予想不可能ミステリな展開にはゴッドオブミステリこと島田荘司を感じ、殺し屋の物語には『機龍警察』でお馴染みの月村了衛を感じた。それでいて超貧乏人殺害依頼の動機の真相には壮大なSF的秘密が秘められているなどエンターテイメントの極致といった完成度である。

どこをとっても強烈な内容なのだが、兄文明の現状もまた猛烈な奇想の賜物で資本主義の行きつく先を垣間見たようで恐ろしい。

 

白亜紀往事

6600万年前の白亜紀が舞台で、知性を持った恐竜と蟻が共生文明を築き上げてから崩壊するまでを描いた物語。

これまたかなりのドタバタ感があり、まるで日本SF御三家がタッグを組んでおふざけモードで書いた作品なのでは?...といった印象を受けるが、劉慈欣ならではの奇想が壮大なスケールで存分に描かれている。そもそも白亜紀に恐竜と蟻が文明を築き上げるというのがかなりのトンデモ設定だし、登場人物の名称も何となくお遊びで命名している気がする。

本作では様々なSFガジェットが登場するが、メインテーマは武力による究極の抑止力がテーマだと思われる。冷戦時代の核の抑止力でも十分強力で抑止が失敗すれば人類は滅んでいただろうに、本作で抑止力を生む兵器の破壊力は核兵器とは一線を画したものが採用されている。

面白い要素が満載だが、やはり本作でも最も優れているのは著者の作家としての力量であり、荒唐無稽な設定をしっかりとしたハードSFの物語として成立させられるのが凄い。

 

彼女の眼を連れて

ミステリー要素も秘めたとてもせつないストーリー。神。

未来の世界が舞台で、宇宙ステーションで仕事をする人達は休暇でも地球まで遠すぎてコスト的にNGのため地球に戻ることができない。そこで幸運にも地球で休暇を過ごせる人が””というセンサーグラスをかけていくことで、地球に行くことのできない人達がかける””に味覚などの感覚も含めて共有できる、ということで主人公の男性がある女性の””を地球に連れていくという話である。

問題はこの””の持ち主がどこにいるのか、という点であり持ち主の女性の悲壮な態度が読者にただならぬ想いをもたらすことにある。物語の終盤で明らかになる彼女の居場所を知るとせつなさに包まれること間違いなしである。

ちなみに本作は中国でも人気があり、中学生の国語の教科書に採用されたことでも話題になったらしい。

 

地球大砲

まさに奇想の中の奇想が炸裂した神傑作。

相変わらずというか、本作もストーリーテラーとしての力量が発揮されまくっていて、単に高水準な奇想ハードSFというだけでなく、物語として純粋に超面白いというのが最大のポイントである。

資源の枯渇と環境悪化により南極のリソースに注目された未来世界が舞台で、その世界では核兵器の廃絶に向けて対応が進められている....と言うのが背景となり物語は進んでいく。言ってしまえば地球を貫通する規模の地球トンネルを掘り、時が経ってそれが大砲になる....といった感じなのだがとにかく話の展開が面白く、また『三体』でも頻繁に使われた冬眠による時代スキップや、目覚めるたびに激変する世界、ナノマテリアル技術などのSFガジェットなど面白い要素も詰め込まれまくっている。

地球トンネルを行き来する描写などは想像するだけでもセンス・オブ・ワンダーが刺激されまくり、「俺は今まさにSFを読んでいるぜ!的感覚」を持つことができる。

超傑作である「彼女の眼を連れて」とも緩い関連があり、100年以上に渡る父と子(そして孫)の物語にはのラストでは猛烈なカタルシスに溺れることができる。

 

SF本来の魅力を蘇らせた神

個人的に面白いと思うSF作品はほぼすべてオールドスクール(古き良き/古典的)に属するような作品である。最近のSFの方が好きな方ももちろんいるのかもしれないが、SFにロマンを求める者としては、どうしても古めな作品の方に魅力を感じてしまうのである。

そんな事情から、劉慈欣は古き良きSFの魅力と最新のハードSFの魅力を合わせ持った作品を描き続けているという点で、面白いSFを復活させた神として私は崇拝せずにはいられない。

サムネ画像に帯も含めた書影をアップしているが、帯のコメントに私自身共感するものがあったので挙げてみる。

近頃のSFは小難しくて狭いところに入っているワ、とお嘆きの貴方はぜひ、ご一読を!SF本来のワクワク感とアイデア満載です!by恩田陸

→激しく同意

地球を動かす大ネタがオチではなく枕になる。大劉は、たった一人で黄金期のSFを取り戻してしまった。by藤井太洋

→同じく激しく同意

SF入門者から上級者まで、またそもそも普段SFを読まない人にとっても至高の作品集となっているので、本気でおすすめさせていただきたい。

 

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