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『円』劉慈欣|村から宇宙へ...著者の筆力に脱帽

中国SFの至宝は短編も凄すぎる

 

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これぞ計算陣形!!

 

作品紹介

劉慈欣による『円』は2021年に早川書房より出版された作品である。
ハードカバーで400ページ弱となかなかのボリュームでショートショートくらいの尺の作品を含む十三編の短編が収録されている。

世界中で読まれまくっている『三体』の著者による日本初の短編集で、超大作『三体』と比べて短編はどうなのだろうという不安を粉々に粉砕するほど個々の作品のクオリティが高い。本当にどの短編もバラエティが豊富で良くできていて、とにかく折り紙付きの面白さなのである。『三体』が気になっているがボリュームに恐れをなしている方や、”三体ロス”に苦しむ方にとっては福音書になるだろう。

中国の現状を知らされる貧しい村の話から超文明を持つ宇宙の話まで短編でも相変わらずの超スケールで様々な世界を見せてくれる。そんな超傑作短編集について語っていく。

 

 以下、あらすじの引用

円周率の中に不老不死の秘密がある――10万桁まで円周率を求めよという秦の始皇帝の命を受け、荊軻(けいか)は300万の兵を借りて前代未聞の人列計算機を起動した! 第50回星雲賞に輝く「円」。麻薬密輸のために驚愕の秘密兵器を投入するデビュー短篇「鯨歌」。貧しい村で子どもたちの教育に人生を捧げてきた教師の“最後の授業"が信じられない結果をもたらす「郷村教師」。漢詩に魅せられた超高度な異星種属が、李白を超えるべく、あまりにも壮大なプロジェクトを立ち上げる「詩雲」。その他、もうひとつの五輪を描く「栄光と夢」、少女の夢が世界を変える「円円のシャボン玉」など、全13篇。中国SF界の至宝・劉慈欣の精髄を集める、日本初の短篇集。

 

 

 

収録作品

翻訳者の大森望さんによると、本作品集に収録された作品は劉慈欣本人のチョイスらしく、デビュー作から『三体』発表後の作品までのベスト盤と言っても良いのかもしれない。したがってどの作品も非常に優れているが赤文字にした作品は特に素晴らしいと思う。

  1. 鯨歌(1999年)※デビュー作
  2. 地火(1999年)
  3. 郷村教師(2000年)
  4. 繊維(2001年)
  5. メッセンジャー(2001年)
  6. カオスの蝶(1999年)
  7. 詩雲(2002年)
  8. 栄光と夢(2003年)
  9. 円円のシャボン玉(2003年)
  10. 二〇一八年四月一日(2009年)
  11. 月の光(2009年)
  12. 人生(2003年)
  13. (2014年)

 

イデアの宝石箱

『三体』で素晴らしい奇想を惜しげもなく披露された劉慈欣だが、本作品集では『三体』で使用されたアイデアの原型となるものが複数収録されている。

三体の第一部からスピンオフされた『円』だけでなく、全体的に劉慈欣の奇想が個々の作品に凝縮されていて、しかもどの物語でもストーリーテラー振りを発揮しており、しっかりと意外な落ちが用意されているのでSF作品としてでなく、純粋に話が面白いのが凄い。

全作品熱く語りたいところだが、私が特に好きな作品(上記の赤文字の作品)について感想を書いていきたい。

 

郷村教師

これが超凄いんです。これを読むと「そりゃ黒暗森林や死神永世も生まれますわい」と言った途轍もない作品になっている。

中国の貧しい村で死に瀕した教師が子供たちに最後の授業をするパートと地球から遥かに離れた宇宙戦争終焉のパートに分かれて物語は進んでいき、最後には見事に双方の話が交じり合って見事な結末にいたるのである。

中国の貧しい村と人類を遥かに超越した文明の戦争というギャップに驚嘆しながら読み進めて最後に「あッ」と言わせる著者の剛腕には脱帽するしかない。

 

カオスの蝶

カオス理論における、ある系の変化が初期条件に強く依存する場合に見られる予測不可能な挙動「バタフライエフェクト」を計算してしまおうというトンデモ理論を社会問題に結びつけた話である。

この作品はとにかく劉慈欣の奇想が爆裂しており、故国を救うために一人の男がバタフライエフェクトを利用して奮闘する話である。かなり悲しい話ではあるのだが、こんなバカげた理論を物語に昇華させた著者は天才だと思う。

ちなみに最後がよく分からんのです。私の読解力ではラスト付近を何度か読んでもイマイチ何が言いたいのか伝わりませんでした。教えて偉い人。

 

詩雲

個人的には本作品集で一、二位を争う傑作である。

人間の詩人、人間を家畜として支配する呑食帝国の恐竜、神に等しいテクノロジーを持つ異星人を中心に話が進むのだが、もう凄すぎて凄すぎて....何なら三体第三部の”紙切れ”に繋がる奇想の原型を見せつけられた気分である。

超文明の異星人が過去の偉人が生み出したの詩をテクノロジーで超えてみせるという話なのだが、規模がデカすぎるうえに、最高の詩を創るためにやることが超ド級の鬼畜プレイなのである。いやー.....これはマジで凄いです。

 

円円のシャボン玉

読後感が一番よく、SF初心者にこそ強くおすすめした素晴らしい作品である。

世の中的には何の役にも立たなさそうなシャボン玉の研究を、好きだからという理由で主人公の円円が徹底的にやってみたところ、思いもよらない副産物を生み出すという希望に満ちた物語なので、我が子にもぜひ読ませたいと思っている。

全体的にスケールが大きく物騒な話が多い本作品集において、こういったハートフルな作品は癒しとなるだけでなく、著者の守備範囲の広さを伝えることに成功していると思う。本当にいい話です。子供が理科を好きになりそう。

 

月の光

短めな尺の中で文字通り様々な世界を見せられる歴史改変SF。

未来の自分と会話して未来を変えていくのだが、そのたびに「あっちゃー.....」な結果になってしまうのだが、次はどんな結果が待っているのだろうとページをめくる手が止まらない作品である。

物語の始まりのシチュエーションも「どうしてこんな感じにしたんだろう」的な理系っぽい感じで好感触。作中で語られるアイデア一つとっても長編が一つ書けてしまいそうだが、そんなアイデアを惜しげもなくぽんぽん投下する著者に拍手したい。

 

『三体』第一部のVRゲーム三体からのスピンオフ作品である。

秦の始皇帝が優秀な科学者のもとで、軍隊を用いて人力コンピュータを構築し、円周率を計算する(笑)というトンデモな物語である。ただブッ飛んではいるものの実際に実現できそうなのが凄いのである。

『三体』とは異なり一つの物語として起承転結がしっかりしているので、物語自体がとても面白い。アメリカで三体を実写ドラマ化するってことは、この計算陣形も再現されるのだろうけど、想像しただけで壮観である。

劉慈欣の良いところはハードSFであっても、オールドスクール(古典)が持つ分かりやすさや娯楽性の高さをしっかり両立させているところだと思う。こんなの他のSF作家では絶対に思いつかないだろう。

 

今後も超期待

冒頭にも書いたがこれから『三体』を読もうとしている方には素晴らしい入門書になるだろうし、”三体ロス”に苦しむ地球三体協会の方にも救いになるのは間違いない。

また三体の第一部が思ったほど楽しめず第二部以降を読もうか迷っているような方(私はこのパターンだった)にも特効薬となることを保証する。本当に素晴らしい作品集なので気になったのなら迷うことなく手に取ってほしい。

また本作が出版された2021年時点で未翻訳の作品もこれから順次翻訳されていくということなので嬉しい限りである。劉慈欣は今後も世界SFの筆頭として活躍していくはずなので、今後も期待してやまない。

 

 

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