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山白朝子=乙一別名義|作品紹介とおすすめランキング

謎の作家山白朝子

 その作風は乙一から「せつなさ」と「残酷さ」抽出して、そこに時代小説の要素を加えたものである.....というより、乙一から「恋愛」と「青春」、そして「ミステリ」要素を無くした作風といった方が分かりやすいかもしれない。
 

作品一覧

 長編小説はなく、短編集と和泉蝋庵シリーズの連作短編集が発表されている。
また異色の一人アンソロジーにも山白朝子名義の作品がある。

 あまり長編を書かない作家でシリーズ作品もほとんどないが、和泉蝋庵シリーズは今後も続いていくものと思われる。

 

 

作品紹介とランキング

 作品数が多くないので、各短編に簡単に触れたうえでランキングしてみたい。
なお和泉蝋庵シリーズは、旅をして本を書く旅本作家の和泉蝋庵とその付き人で荷物持ちの耳彦による旅物語である。
1作目で登場したキャラが2作目ではメインキャラに昇格しており、今後もシリーズが続く見込みである。

 

【ランク外】メアリー・スーを殺して(2016年)

 

奇想ホラーの名手・乙一を筆頭に、
感涙ラブコメ中田永一、異色ホラーの山白朝子、
そして'10年以降沈黙を守っていた越前魔太郎、と鬼才4名が揃い踏み、幻夢の世界を展開する。
そしてその4名を知る安達寛高氏が、それぞれの作品を解説。

 

異色の一人アンソロジー短編集で、山白朝子名義の作品は2作収録されている。
収録作には残念ながら山白朝子の魅力の一つである「時代小説」は含まれていないのだが、どちらの作品も読みやすく、山白朝子名義の特徴である「せつなさ」と「残酷さ」を非常に高いレベルで持ち合わせているため、ランク外にしたが山白朝子初読みに安心しておすすめできる。

 

「トランシーバー」

東日本大震災に関わる話で、全乙一作品の中でも最も泣けると思う。
特に子どもがいる父親が読んだら大号泣必至である。
私はちょうど作中の主人公と状況が近かったため、今までに読んだ小説の中で一番泣かされてしまった。

名義を問わず乙一作品には不思議なことがよく書かれるものだが、「トランシーバー」ではその要素がとても素晴らしい形で活かされている。

著者の最高傑作の一つに挙げても良い作品なので、本作を目的に『メアリー・スーを殺して』を購入しても後悔はしないだろう。
(ちなみに「トランシーバー」は後述する『私の頭が正常であったなら』にも収録されている。)


「ある印刷物の行方」

主人公の女性が謎の研究所で焼却炉に運ばれてくる正体不明の箱を焼却するというアルバイトをする話である。

簡単な仕事なのに給与は激高、なのに前任はやめてしまう、研究員は自殺が相次ぐといういかにもヤバそうなバイトで、研究内容や箱の中身に迫るというSFやホラー要素が強い内容だ。グロテスクな描写はかなり強烈。

SFにありがちな設定だが、タイトルのつけ方や著者ならではのせつなさ、話の落としどころなどとてもよくできている。

 

 

【ランク外】沈みかけの船より、愛をこめて(2022年)

 

破綻しかけた家庭の中で、親を選択することを強いられる子どもたちの受難と驚くべき結末を描いた表題作ほか、「時間跳躍機構」を用いて時間軸移動をくり返す驚愕の物語「地球に磔(はりつけ)にされた男」など全11編、奇想と叙情、バラエティーにあふれた「ひとり」アンソロジー

 

山白朝子名義の作品は20ページ程度の実話風ホラー「背景の人々」のみ。

そのため山白朝子のランキングに入れることはできないが、本短編集は乙一全体でみても最高ランクの傑作と言ってもよく、収録作の内「東京」「蟹喰丸」「沈みかけの船より、愛をこめて」は山白朝子の作風に近いため、十分に山白朝子を感じることができる.....って同一人物なんだからあたりまえか(笑)

「背景の人々」はまさに王道のJホラーで、11作品収録された本短編集の中でも一際異才を放っている。

 

 

5位  死者のための音楽(2007年)

 

教わってもいない経を唱え、行ったこともない土地を語る幼い息子。逃げ込んだ井戸の底で出会った美しい女。生き物を黄金に変えてしまう廃液をたれ流す工場。仏師に弟子入りした身元不明の少女。人々を食い荒らす巨大な鬼と、村に暮らす姉弟。父を亡くした少女と巨鳥の奇妙な生活。耳の悪い母が魅せられた、死の間際に聞こえてくる美しい音楽。人との絆を描いた、怪しくも切ない7篇を収録。怪談作家、山白朝子が描く愛の物語。

 

 時代小説風の話とほぼ乙一と変わらない作品が収録されている。
どれもなかなか良い作品だが、「井戸を下りる」と乙一度の高い「黄金工場」「鳥とファフロッキーズ現象について」が傑作。

 山白朝子=ホラー小説という印象を持たれるかもしれないが、さほどホラー要素は強くなく、乙一を含めた著者お得意の不思議な話が多い。

 

「長い旅のはじまり」
 時代小説風の不思議な話である。
いかにも乙一といったようなありえないことが起きているが、作風は乙一とは似て非なるものとなっている。


「井戸を下りる」
 こちらも時代小説風の不思議な話だが、ファンタジー要素が強くなっている。
井戸の中で美女とイチャイチャする話から予想外の展開が待っているので、短編でありながら、すごいものを読んだ感の残る読後感である。


「黄金工場」
 乙一の『ZOO』にあっても違和感のないような不気味な話である。
生き物を黄金に変えてしまう廃液をたれ流す工場.....という時点で勘のいい読者ならオチが読めるかもしれないが、想像するとおぞましい作品である。


「未完の像」
 時代小説×ややラノベっぽい話。
僅かではあるが絶妙な萌えが良いと思う。


鬼物語
 時代小説風で最もホラー要素が強い話である。
鬼が人を襲う話なので残虐な描写が多いが、最後のシーンは美しい。


「鳥とファフロッキーズ現象について」
 山白朝子というよりはほぼ乙一作品と言えそうな話で、助けた黒い鳥が主人公である少女の父が亡くなった後、主人公を守るような話である。
 ちなみにタイトルにあるファフロッキーズ現象とは以下の通りである。

 

ファフロツキーズとは、その場にあるはずのないものが無数に降り注ぐ現象を指す用語である。飛行機からの散布や竜巻による飛来など原因が判明しているものを除き、「なぜ降ってきたのか分からない」ものを指す。


 語義からすれば単体でもファフロツキーズと呼べるはずだが、通常「多数が落下してくる」現象として認識されている。落下物に明確な共通性はなく、様々な事例が記録されているが、どういうわけか水棲生物の落下事例が目立ち、また混在ではなく単一種のみであることが多い。このような現象は古来から世界各地で確認されている。』


「死者のための音楽」
 正直よく分からん....(笑)
.....が、著者ならではの感性が存分に発揮されているといったところか。

 

 

4位  私のサイクロプス(2016年)

 

書物問屋で働く輪は、旅本作家・和泉蝋庵と彼の荷物持ち・耳彦と未踏の温泉地を求める旅に出ては、蝋庵のひどい迷い癖のせいで行く先々で怪異に遭遇していた。ある日山道で2人とはぐれてしまった輪は、足をすべらせて意識をうしなう。眠りからさめると、背丈が輪の3倍以上あるおおきな男が顔をのぞきこんでいた。心優しき異形の巨人と少女の交流を描いた表題作を含む9篇を収録した、かなしくておぞましい傑作怪異譚。

 

 和泉蝋庵シリーズの2作目である。
1作目の『エムブリヲ奇譚』に登場した輪という女性がメインキャラに加わっているので、キャラ推しの作品としては前作よりもはるかに完成度が高い。

 時系列的に前作と必ずしも繋がっていないため、どちらを先に読んでもさほど問題はないが、和泉蝋庵の出生の秘密の一部と輪の置かれている状況を知っておきたいなら前作から読んだ方がいい。

 なお残虐描写やグロテスクな描写がやや悲惨なので苦手な方は要注意である。
耳彦の残念ぶりが上がっており、また彼が痛い目に遭う話が多い。

 

「私のサイクロプス

 もののけ姫.....とは無関係で輪が主役の母と子の愛を描いたようなせつない話である。
山白朝子っぽい作品を一作挙げろと言われたならこの話を挙げるだろう。


「ハユタラスの翡翠

 耳彦の残念さが全開な作品。
おバカをみんなで力を合わせて救おうとするものの怪異が強烈でどうなるやら....ユーモアとエンタメが強まっており、このシリーズの方針が見えてくる楽しい話である。


「四角い頭蓋骨と子どもたち」

 やや悲惨な話で、ある村を訪れた時に四角い頭蓋骨が見つかり、そのことについて偶然村で出会ったお坊さんに話を聞いて、村で起こった事件の真相が見えてくる話である。


「鼻削ぎ寺」

 語り手の耳彦が悲惨な目に遭う話である。
殺人鬼に監禁され、そこから何とか脱走を試みるのだが、とにかく悲惨なのがポイント。


「河童の里」

 これまたグロくて凄惨な話である。
河童の里でおバカな耳彦がその正体を見に行ったら、口封じされそうになるのだが相変わらず耳彦は残念だ....(笑)


「死の山」

 山で遭遇する怪異に反応すると、下山できなくなるというありがちなホラーだが、ちょっとした仕掛けがあり驚かされることになるだろう。


「呵々の夜」

 何気に一番怖い話かもしれない。
耳彦がある家族の家に泊まらせてもらうことになり、その家族から一人ずつ怪談を話すから誰が一番怖いか判定して、という話なのだがみんなクッソヤバいことを言ってまして.....。


「水汲み木箱の行方」

 グロくてせつなくていい話である。
かなり不気味な話だが、山白朝子の良いところを漏らさずに詰め込んだような作品だ。
話はずばりタイトルの通り....水汲みの仕掛けは読んでみてのお楽しみだ。


「星と熊の悲劇」

 和泉蝋庵の出生に関わる要素のある話で、斜面を登ったら最後、下ろうとしてもいつの間にか上ってしまい下山できなくなるという山の話である。
耳彦のダメ人間ぶりが際立つが、せつない結末が待っている。
シリーズの継続を確信させる幕切れである。

 

 

⇩ちなみに単行本の装丁が非常に素晴らしいので単行本の方がおすすめ。

 

3位  エムブリヲ奇譚(2012年)

 

「わすれたほうがいいことも、この世には、あるのだ」無名の温泉地を求める旅本作家の和泉蝋庵。荷物持ちとして旅に同行する耳彦は、蝋庵の悪癖ともいえる迷い癖のせいで常に災厄に見舞われている。幾度も輪廻を巡る少女や、湯煙のむこうに佇む死に別れた幼馴染み。そして“エムブリヲ”と呼ばれる哀しき胎児。出会いと別れを繰り返し、辿りついた先にあるものは、極楽かこの世の地獄か。哀しくも切ない道中記、ここに開幕。

 

 和泉蝋庵シリーズの1作目である。
キャラものの作品としては2作目の方が優れているが、こちらの方が個々の話のクオリティはやや高いと思われる。

 特に「エムブリヲ奇譚」と「ラピスラズリ幻想」、「湯煙事変」はかなりの傑作である。

 

「エムブリヲ奇譚」

 エムブリヲとはずばり....というか英語の「embryo」そのままなのかもしれないが、胎児を意味している。
不思議で不気味な話なのだが、最後はほっこりするという大傑作である。


ラピスラズリ幻想」

 シリーズ2作目でメインキャラになる輪の話である。
これは山白朝子だけでなく乙一名義を含めても最高クラスの傑作である。
輪廻転生に関わる物語で、短編ではあるが壮大な読後感が待っている。


「湯煙事変」

 せつなくて怖くていい話である。これもまた山白朝子の本領発揮作だろう。
とある温泉にて語り手耳彦が死者に逢い、せつなくて悲しい結末に向かっていく。
雰囲気をはじめ何から何まで素晴らしい。


「〆」

 怪奇幻想度が高くて不気味な話である。
ある村ではあらゆるものに人の顔が浮かぶという想像するだけでイヤな話であり、作中では浮かぶ顔とは別にイヤな描写がある。


「あるはずのない橋」

 これぞ怪談というほどオーソドックスな怪談である。
せつない話で終わるかと思いきや恐ろしいことになる.....。


「顔無し峠」

 不思議な良い話である。
ある村を訪れると、村人たちから少し前に死んだはずの男と耳彦が瓜二つだと言われ、死んだ男の妻としばらく暮らすというなんともせつない話である。


「地獄」

 本当に地獄のような話である。
耳彦が山賊の罠にかかり、拘束され続けていくうちに拘束されている理由に気付いていく過程がおぞましい。
 結末も悲惨そのもので無理な人は本当に無理だと思われる。


「櫛を拾ってはならぬ」

 The 怪談である。
山白朝子はホラー作品であっても、せつなさを感じさせたりするものだが、この作品だけは完全にホラーに特化している。
微妙にユーモア要素があるのがポイント。


「「さあ、行こう」と少年が言った」

 和泉蝋庵の出生に関わる話であり、蝋庵がいつも道に迷いまくる理由が分かる。
まさに「さあ、行こう」と少年が言う話である。

 

⇩やはりこちらも単行本の装丁が素晴らしいので単行本推奨。

 

2位  小説家と夜の境界(2023年)

 

幸福な作家など存在しない――山白朝子による業界密告小説。私の職業は小説家である。ベストセラーとは無縁だが、一応、生活はできている。そして出版業界に長年関わっていると、様々な小説家に出会う。そして彼らは、奇人変人であることが多く、またトラブルに巻き込まれる者も多い。そして私は幸福な作家というものにも出会ったことがない──。そんな「私」が告発する、世にも不思議な小説家の世界。

 

実話っぽいホラー×サスペンス寄りな7編が収録された小説家小説。

山白朝子に幻想小説を求めるのだとしたら少々肩透かしを食らうかもしれないが、オチがまったく読めない展開の作品群は一度読み始めたら止まらなくなる要素が強い。

乙一はもちろん他の山白朝子名義作品とも雰囲気が違っているので、やや好みは分かれるかもしれないが、エンターテイメント作品としてとても優れている。

 

 

1位  私の頭が正常であったなら(2018年)

 

 私の哀しみはどこへゆけばいいのだろう――切なさの名手が紡ぐ喪失の物語。

突然幽霊が見えるようになり日常を失った夫婦。首を失いながらも生き続ける奇妙な鶏。記憶を失くすことで未来予知をするカップル。書きたいものを失くしてしまった小説家。娘に対する愛情を失った母親。家族との思い出を失うことを恐れる男。元夫によって目の前で愛娘を亡くした女。そして、事故で自らの命を失ってしまった少女。わたしたちの人生は、常に何かを失い、その哀しみをかかえたまま続いていく。暗闇のなかにそっと灯りがともるような、おそろしくもうつくしい八つの“喪失”の物語。

 

 乙一名義の作品を含めたとしても最高傑作クラスの非常に素晴らしい短編集である。
あらすじにある通り、”喪失”の物語であり乙一名義の過去の大傑作『失はれる物語』を想起させる内容である。

 『失はれる物語』がどちらかというと若い世代に刺さる物語だとすれば、こちらは既婚であったり子どもがいる層により響く物語である。

 

「世界で一番、みじかい小説」

家内と暮らすマンションで先日から“3人目”の人影を見るようになった〈僕〉。疲れているのだろうか。あるいは心の病気か。家内に相談すると、彼女からは「私も見る」とじつに冷静に返事が返ってきた。心霊現象の再発防止のため、2人はデータ収集や実験を重ねながら幽霊の正体を探ることに――。

 

 なんとも不気味な怪談じみていて、夫婦そろって同じ幽霊が見えるという話である。
怪異を超理系な妻が分析していくのがかなり笑える。
「まずは彼の出現パターンをしらべてみましょう。心霊現象の再発防止に取り組んでみるから」などというセリフが出るのだからたまらないのだ。

 そして特殊設定ミステリのように話が進み論理的に心霊現象を解明するという結末が面白い。


「首なし鶏、夜をゆく」

転入したてでクラスになじむことができずにいた〈僕〉は、あるとき、雑木林の中で同じくクラスで孤立している女の子・水野風子を見かける。彼女は「京太郎」を探しているらしい。そのとき突然、足元で音がしたかと思うと、そこには首から上の一切がない奇妙な鶏があらわれて――。

 

 首を切断された鶏が生きているという不気味で残酷で悲しい話である。
無残な事件が起こった後のラストシーンがなんともまた不気味である。


「酩酊SF」

小説家の〈私〉の元に大学時代の後輩Nから「相談したいことがあるんです」と連絡が届く。話を聞くと、どうやら彼は〈酒を飲んで酩酊すると、酩酊が終わるまでの範囲で過去や未来が見えてしまう女〉というアイディアで主人公が金儲けをする物語を書きたい、ということらしいが――。

 

 よくありがちな設定に著者ならではの少し凝ったオチを付けたという話である。
乙一は昔から自然にサイコパスを書くから恐ろしい。


「布団の中の宇宙」

長いあいだスランプに陥っていた小説家仲間のTさんが、ある日、とある文芸誌に新作の短編小説を発表した。もうこのまま出版界から消えてしまうかもしれないと危惧されていたTさんの変わらない筆致に興奮した〈私〉は彼に連絡をとり、後日会うことになるのだが、そこで彼から不思議な布団の話を聞く――。

 

 割と正統派な怪奇幻想小説である。
スランプに陥った作家が謎の布団を得てからの流れが面白い。


「子どもを沈める」

高校時代よく行動を共にしていたクラスメイトたちが、ことごとく自分の子どもを殺している。結婚した〈私〉の元にそのうちの1人から送られてきた手紙には、娘が、かつて自分たちが自殺へ追いこんでしまった少女に異様に似ていたという奇妙な話が綴られていた。〈私〉が子どもを産んで自分と同じ目にあわないかと彼女は危惧したのかもしれない。しかし〈私〉のおなかにはすでに――。

 

 タイトルからして強烈な実に恐ろしい話である。
実際に作中のような出来事があったならどうなるのだろうか....これは子どもがいる親にしか分からないのかもしれないが、この話の辿り着くところは親である著者の見解なのだと思う。


「トランシーバー」

津波で最愛の妻と息子を失った〈俺〉は、震災から2年が経った頃、酩酊していた最中にザーという音を耳にする。半壊した自宅から回収した、かつて息子と一緒に遊んだおもちゃのトランシーバー。突如電源が入ったそれをながめて酒を飲んでいると、ねむりにつく直前、ノイズのむこうに息子の声が聞こえてきて――。

 

メアリー・スーを殺して』に収録されていた作品と同作である。超傑作。


「私の頭が正常であったなら」

逆上した元夫に、目の前で娘を道連れに道路で自殺された〈私〉。三年間の入退院の末、抗精神病薬を服用しながら実家で療養していたある日、〈私〉は川のほとりを散歩している途中でかすれたような女の子の声を聞く。「たすけて」幻聴であるならば問題はない。けれど、もし私の頭が正常であったなら――。

 

 タイトルからしてセンスの塊である素晴らしい作品である。
悲惨な鬱展開から、幻聴に対して「私の頭が正常であったなら」と分析して行動するさまに愛を感じる。


「おやすみなさい子どもたち」

沈没する船の上、足をすべらせ海に投げだされた少女・アナは水中で意識を手放す刹那、これまでの人生の断片的な映像を見る。幼い頃の光景、両親との思い出、恋人とのキス…恋人?恋人なんていなかったのに?気がつくとそこは天界の映画館だった。どうやら天使の手違いで他人の“走馬灯”を観せられたらしい。アナは未だ船上で恐怖におびえている子どもたちを救うことを交換条件に、自分の“走馬灯”を探す手伝いをすることになるが――。

 

 タイタニック号の沈没をイメージしたのだろうか、非常にスケールの大きい物語である。本短編集のラストにふさわしいだろう。
他の泣ける話とは異なり、読者である私自身もスケールの大きい感情の波が押し寄せることになった。

 

 

今後の活躍が期待される

乙一は作家歴が長いが、なんと言ってもデビューが早いのでまだまだこれからだろう。
和泉蝋庵シリーズの続編や、素晴らしい作品を期待したい。