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小説『サマーゴースト/一ノ瀬ユウナが浮いている』乙一|花火×幽霊の白乙一スーパーコンボ

超久しぶりのストレートな白乙一に泣く

 

作品紹介

乙一による『サマーゴースト』および『一ノ瀬ユウナが浮いている』は2021年10月と11月に集英社より出版された作品で、それぞれ150、240ページ程度の長編である。

『サマーゴースト』は乙一が脚本を務めたアニメ映画のノベライズなので、通常の小説とは書かれた経緯が異なり、尺はかなり短く全体的にあっさりした印象の仕上がりなののだが、読んだ感じはしっかり乙一している。ある共通の目的を持った高校生三人が、夏にとある場所で花火をすると出現する幽霊に死んだ感想を聞きに行くといった物語は、似たような境遇にいて共感してしまう人にとってはかなり刺さるだろう。

姉妹編にあたる『一ノ瀬ユウナが浮いている』は”花火をすると幽霊が現れる”という設定のみ共有している作品で、登場人物やストーリーには何の関連もない乙一書き下ろしの長編小説である。そのためサマーゴーストを先に読んでいる必要はない。『一ノ瀬ユウナが浮いている』は直球のせつない青春恋愛小説なので白乙一好きにはクリーンヒットすることだろう。私はどちらかというと黒乙一や山白朝子名義の作品が好みなのだが、本作は乙一名義では久しぶりに(というか失はれる物語ぶりかも)せつなさ泣きさせられてしまった。

どちらの作品もミステリー作家でもある乙一からすると、ひねりのないシンプルな物語となっているが、小細工に頼らずストレートに攻めてくるインファイトっぷりに感動してしまった。このたび『サマーゴースト』の映画も鑑賞したのでまとめておきたい。

 

 以下、あらすじの引用

◆サマーゴースト

“サマーゴースト”という幽霊が現れるという。夏、使われなくなった飛行場、花火をすると、彼女は姿を現すらしい。自殺した女性の幽霊なのではないかという噂だ。ネットを通じて知り合った高校生、友也・あおい・涼。3人は“サマーゴースト”を探すために集まった。3人は幽霊に聞いてみたかった。“死ぬって、どんな気持ちですか?”それを聞くべき理由が、3人にはあったのだ――。

 

◆一ノ瀬ユウナが浮いている

幼馴染みの一ノ瀬ユウナが、宙に浮いている。十七歳の時、水難事故で死んだはずのユウナは、当時の姿のまま、俺の目の前にいる。不思議なことだが、ユウナのお気に入りの線香花火を灯すと、俺にしか見えない彼女が姿を現すのだ。ユウナに会うため、伝えていない気持ちを抱えながら俺は何度も線香花火に火をつける。しかし、彼女を呼び出すことができる線香花火は、だんだんと減っていく――。

 

小説サマーゴースト

作品がストレートなだけに私も思いのままの感想を書く。

一言でまとめるなら「最高だけどかなり惜しい」に尽きる。映画製作のことはよく分からないのだが、乙一が脚本を担当した作品ということは乙一のオリジナル作品であって、その映画をノベライズしたというのは実質書き下ろし小説と何が違うのだろう?と思ってしまったりする。

何が惜しいのかというと、ノベライズ作品ゆえなのか全体的に掘り下げが浅いように感じてしまう部分がとても多い。私は小説を読んでから映画を見たので、映画に比べればかなり深堀はされているのだが、それでも主人公以外の登場人物や主人公と母との関係、いろいろあった後の〇〇と〇〇の関係など、映画とは無関係に書きまくってもらえれば、長編小説として乙一の中でも優れた作品になったような気がしてならない。

ただそれも好みの問題かもしれなくて、本来乙一は短編の名手なので、あまり無駄な描写は書かずに重要な要素に焦点を絞って書いたことがプラスになっているのかもしれない。なので何とも言えない。

さて、肝心な内容だが、一応ネタバレはしない方針で紹介してみる。ある共通の目的を持った高校生三人が、ある目的でサマーゴーストを召喚(笑)し、共同作業をするうちに丸く収まった。という感じである。何の意外性もなく「まぁこうなるよね」というとてもシンプルな内容であり、私自身は登場人物の誰にも共感することはないのだが、読み終えてみると”効く”んですよね...これが。

若かりし頃の(今も若いけど)乙一の超傑作『失はれる物語』に収録されていても違和感がない印象なので、別名義や映画に力を注いでいる近年の乙一に対して、白乙一に飢えているファンにはたまらない内容だろう。白乙一好きなら必読の一冊である。

 

映画サマーゴースト

このブログは本を紹介しているので、映画版も紹介しようか迷ったが、せっかくだから簡単に紹介しておきたい。

40分程度の短いアニメなので当たり前かもしれないが、結論から言うと物語の背景や登場人物の描写が少な過ぎて、映画を見ただけで果たして楽しめるのだろうか...という印象をどうしても受けてしまう。私が小説版を先に読んだのが原因なのかもしれないが、よくありがちな単純に綺麗なアニメーションを鑑賞して、目の保養にするくらいにしか効能がないように感じた。

また先に小説を読んだ者としては、主人公やサマーゴーストのキャラクターが想像していたのとかなり違うんですけど...という感じがしまくった。涼とあおいはまぁほとんどイメージ通り。友也は母親との描写が少ないこともあり、見た感じママがうるさいリア充くらいにしか思えず、〇にたい理由にイマイチリアリティが湧かない。またサマーゴーストさんは萌え可愛すぎる。いや、小説版のサマーゴーストも良い感じのキャラなのだが、霊的な感じはほとんどしなかったのに対して、映画版は幽霊感がかなり強い感じがする。『幽遊白書』でいうところのぼたん的な印象である。(でもイラストはどう見てもアスカなんだけど) 全面的に小説版の方が好みではあるものの、サマーゴーストのキャラだけは映画版の方がちょっと好みだったりするのがポイント(笑)

まぁ映像がとても素晴らしい作品なので、乙一ファンで小説を先に読んだ方は、映画を見て損することはないので鑑賞をおすすめしたい。

 

 

漫画サマーゴースト

こちらは読んでいないので何も書けないのだが、感想を覗いてみるとどうやら映画や小説版とはかなり異なっているようで、友也以外の二人も深堀されているらしい。私としては乙一作品だから読んだり鑑賞したという作品なので、漫画まで読むことはない予定だが、映画から入って『サマーゴースト』が気になった方は読んでみるのもありかもしれない。

 

 

一ノ瀬ユウナが浮いている

冒頭にも記載の通り、『サマーゴースト』姉妹編ということになっているが、花火で幽霊を召喚するということ以外はまったく関連がないので、完全に独立した乙一書き下ろし長編だと認識して問題ない。むしろ私はノベライズ作品の関連作品と認識してしまったせいで、発売直後の購入を見送ってしまったので姉妹編として売り出したのは失敗なのでは....などと思ってしまう。余談だけど。

そして肝心な内容である。『サマーゴースト』と同様『一ノ瀬ユウナが浮いている』の紛うことなきハイパー白乙一であり、こちらの方がせつなさ成分が100倍くらいあるので、白乙一ファンが読んだら感動して死んでしまうかもしれない。私は恋愛小説はほぼ読まないのだが、ストレート過ぎる純愛ストーリーにいい年こいて泣かされてしまった。願望であり妄想だが文庫化される時に加筆したサマーゴーストとセットにしたら、圧倒的白乙一コンボになすすべなく涙腺崩壊させられるだろう。

物語自体は本当に何のひねりもなく、正統派にしてお手本のような展開であらすじに書いてあることがほぼすべてという感じなのに、なんでこうも響くのだろうか。念のためもう一度あらすじを引用する。

 

幼馴染みの一ノ瀬ユウナが、宙に浮いている。十七歳の時、水難事故で死んだはずのユウナは、当時の姿のまま、俺の目の前にいる。不思議なことだが、ユウナのお気に入りの線香花火を灯すと、俺にしか見えない彼女が姿を現すのだ。ユウナに会うため、伝えていない気持ちを抱えながら俺は何度も線香花火に火をつける。しかし、彼女を呼び出すことができる線香花火は、だんだんと減っていく――。

 

そう。片思いの女性が亡くなってしまい、悲しみに打ちひしがれる中、ユウナの好きだった線香花火を使うと、ユウナを召喚できる(FFXではなくFFⅢ的な設定w)という、Theありきたりかつ狙ったストーリーなのに、読み進めれば読み進めるほど地獄的にせつなさが込み上げてきてあるシーンでせつなさが限界突破してしまうんですな。

このあるシーンもよくあるパターンな感じで、有名な作品だと『〇〇膵臓〇食べたい』でもあったが、乙一がこのパターンをやると喪失感が凄まじいんですよね。それからのラストシーン。ラストすらも予想通りの展開なのだが、恥ずかしながら小生、涙で文字が読めないくらいになってしまい申した。

ちなみに読了直後に私が読書メーターに投稿した感想がこちら。

いい年こいて泣いてしまったよ....。 聖橋とか東京ドームとか吉祥寺とか九段下とか....学生時代に付き合ってた相手と頻繁に行っていた場所なので、当時を思い出してしまい涙腺にバシバシとボディブローの様に効いてきて、最後で決壊してしまった感じ。 プロットに捻りはなく、正攻法で攻めたせつない恋愛小説だが、白乙一はアラフォーになっても健在。まだまだ『失はれる物語』級の白魔法が使えると知り驚いている。 というか、今更思い返してみると乙一の幽霊ネタは超鉄板ですな。デビュー作も夏と花火と死体だし。いやはや感激。

読了直後にも感じていたようだが、やはり乙一に幽霊ネタを書かせたら並ぶ者のない傑作に仕上がるというのは私だけだろうか。ちなみに乙一作家生活25周年記念短編集である『さよならに反する現象』でも幽霊ネタの二作品は特出していたように思う。

そろそろまとめてみると、『一ノ瀬ユウナが浮いている』は乙一ファンであれば必読だし、最近の乙一作品を読んでいないが過去の作品(2004年くらいまで)は好きだったという方でも、当時と何ら変わらないレベルの白乙一を堪能できると保証したい。やはり小説を読んで涙を流すというのは最高の心の清涼剤だと断言できる。

 

乙一は健在

この記事を書いたことを機に、過去の乙一作品も振り返ってみたのだが、白乙一長編はじつはかなり希少で、私の間違いでなければ2002年の『暗いところで待ち合わせ』振りだと思われる。

20年の時が経っても、いまだにせつない恋愛小説が書ける乙一に驚きであると同時に、むしろ昔よりも文章の力量が上がっている分、私のような社会に出て妻子持ちとなったような、古株の乙一ファンには過去作品以上に響くものがあるのかもしれない。

最後に。ぜひとも昔のような気合の入った黒乙一も読んでみたいですな。山白朝子名義の一部の作品や『シライサン』は黒乙一のようで、黒乙一とはやや異なる感じがするので、どうしても期待してしまうものである。

 

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