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『沈みかけの船より、愛をこめて』乙一たち|彼らのすべてが詰まった幻夢コレクション

洗練された夢と幻の物語

 

作品紹介

乙一、山白朝子、中田永一安達寛高による『沈みかけの船より、愛をこめて』は2022年に朝日新聞出版より発表された作品で、11作の短編が収録された350ページ程度の作品集である。

一人アンソロジーは『メアリー・スーを殺して』に続いて2回目となるが、今回は越前魔太郎名義の作品がないため、3人+安達寛高の解説といった構成である。前回のアンソロジーと比べると短めの作品が多く、山白朝子名義の作品は1作のみ、中田永一名義の作品も短めな作品が4作品なので、かなり乙一寄り(といっても全員乙一だけど...)の作品になっている。個々の作品の完成度は高く、バラエティも非常に豊かで、なおかつ初期作品にあった異様にグロい描写が影を潜めているので、乙一マニアから読書慣れしていない人まで幅広くおすすめできる。

乙一全体で見てもトップクラスの短編集だと断言したい本作の魅力を語っていきたい。

 

 以下、あらすじの引用

破綻しかけた家庭の中で、親を選択することを強いられる子どもたちの受難と驚くべき結末を描いた表題作ほか、「時間跳躍機構」を用いて時間軸移動をくり返す驚愕の物語「地球に磔(はりつけ)にされた男」など全11編、奇想と叙情、バラエティーにあふれた「ひとり」アンソロジー

 

 

「五分間の永遠」乙一

一発目から非常に乙一らしい良い話である。ずばり白乙一

20ページ程度の短い尺の中でばっちり物語に引き込んで、タイトルの意味が分かる結末で早くも微妙に涙腺が緩むことになるだろう。『私の頭が正常であったなら』で感じた、人の親が書いた作品感がひしひしと伝わってきて、子持ちの親が読んだら特に感じるものがあると思う。

 

無人島と一冊の本」中田永一

無人島に漂流してしまった男が、一冊の本により島に住んでいる賢い猿たち知恵をもたらし、神として崇められる物語。

知恵が与えられたことによって、賢い猿たちに起こる変化がとても面白く、中田永一版の旧約聖書となっている。本作も短いが読後感は充実している。ちなみに著者自身のお気に入りとのこと。

 

「パン、買ってこい」中田永一

これぞ中田永一な作品。影の薄いいじめられっ子的な青年が、同じ学校に通うヤンキーに目をつけられて、「パン、買ってこい」とパシられる話なのだが、これがもう素晴らしいの一言。

目の付け所が乙一(というか中田永一だけど)的で、ヤンキーにとって最適なパンを提供することにやりがいを感じて、本気で研究し全力を傾けることによって、人間的に成長していく展開が本当に素晴らしい。

 

「電話が逃げていく」乙一

ドタバタミステリーかつどんでん返しのあるショートショート作品。しかもちょっと怖いというスペシャルな仕様。

『ZOO』に収録された「血液を探せ!」や「落ちる飛行機の中で」のような若かりし頃の勢いと、作家として高みに立った著者の技巧が冴える作品。

 

「東京」乙一

かなり謎の作品であると同時に子供がいる親が読んだらせつなさを感じそうな内容。

処女が突如妊娠して、不思議な力を秘めた子供が産んで育てていくが、何とも言えない結末を迎えるという物語。

おそらく冒頭に書いた通り、子育て経験者でなければイマイチ魅力が伝わらないかもしれないが、私は気に入っている。作風的に山白朝子に近いかも。

 

「蟹喰丸」中田永一

中田永一版「泣いた赤鬼」である。余命宣告されて酒に溺れていた男が、異世界に迷い込み、鬼に命の保証をされる代わりに、酒を買って来させられる話である。

蟹喰丸という鬼は乱暴者で自慢話をしまくる鬼のため、妖怪たちに嫌われているのだが、パシりの男と酒仲間の河童たちを通じて心に響く話になっている。かなり泣ける。ちなみに本作もどちらかというと山白朝子な感じがする。

 

「背景の人々」山白朝子

The 山白朝子。実話怪談風のジャパニーズホラーである。

正統派なJホラーだけあって、話自体はいかにもありがちな感じではあるのだが、山白朝子が書いている...というだけで何か違う気がしてくるのが良い。個人的には山白朝子の作風が大好きなので、もう1~2話山白朝子作品があればなぁ....なんて思いつつも、他の作品がとても良いのと、そもそもみんな乙一じゃん!(笑)というセルフツッコミを入れて納得した。

 

「カー・オブ・ザ・デッド」乙一

まさに最高の作品。リョナラーも大満足である(笑)

乙一がゾンビ作品を書くとどうなるのかという答えがここにある。ゾンビもの何だけど、乙一にありがちないじめられっ子系作品としても良くできていて、おまけに絶妙なコメディ要素もあるので、それなりにグロいのだがするっと読めてしまう。

何となく山白朝子の「エムブリヲ奇譚」にも通じる非倫理的な要素があるが、全然背徳感がないのが良い。個人的に本作品集の中で1,2位を争うくらい好き。

 

「地球に磔にされた男」中田永一

ちょっと変わった設定の時間SFかつ並行世界。

一度過去にタイムスリップすると宇宙空間に出て死んでしまうので、一度目のタイムスリップ後、すぐに二度目のタイムスリップをして元の年代に戻るというイミフな感じが面白い。ただ元の年代に戻ることによって元の世界とは別の並行世界に突入して、そこで生きるもう一人の自分を見つめていく展開がとても良い。

星新一筒井康隆的な感じもして、あらためて著者の守備範囲の広さをうかがい知ることができた。というか乙一は大学時代SF研究会に入っていたと初めて知った。

 

「沈みかけの船より、愛をこめて」乙一

これから離婚する両親のどちらについていくかを、それぞれのパターンで詳細にシミュレーションして、淡々と査定していくというプロットの時点ですでに大勝利な作品。表題作になるのも頷ける。

本作も近年の乙一が頻繁にテーマに挙げる「家族」の物語なので、古参のファンから最近の作品が好きな方まで幅広く気に入ると思う。

 

「二つの顔と表面 Two faces and a surface乙一

カルト宗教の信者を親に持ち、自身もまたカルト宗教の信者である少女が、とある事情で耳の後ろに怪我を負い、その怪我が知識があって会話も可能な人面瘡になってしまうという物語。

カルト宗教信者であるせいで、周囲にからハブられ友達のいない学園生活を送る中で、クラス一の美女天使のカバンの中に猫の死体が入れられる事件が起こり、その濡れ衣を着せられた主人公が、人面瘡と美人天使とともに犯人捜しをするという、実に乙一らしい変な本格ミステリである。

この人面瘡のキャラがとても良く、またいじめられっ子の描写に定評のある乙一が、カルト宗教といういかにもいじめられそうな設定を取り入れることによる相乗効果は強烈である。本作も1,2位を争うくらい好きな作品。

 

やはり乙一は最高だ

若かりし頃の作品には唯一無二の魅力があるのは、過去作品を読まれている方なら打でれも納得だろうが、個人的には洗練されてきた近年の作品の方が好きだったりする。乙一は今も昔も変わらず天才なのである。

『沈みかけの船より、愛をこめて』は、そんな天才による2022年時点の傑作選と言える出来栄えの作品が揃っているので、自信を持っておすすめしたい。

 

 

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