ほとばしる(著者の)変態性
作品紹介
小田雅久仁による『禍』は2023年に新潮社より出版された、2011年から2023年に上梓された作品が収録されたジャンル分け不能な7編からなる短編集で、単行本で320ページ程度の作品集である。
日本SF大賞を受賞した神傑作である前作『残月記』と比べると、作品数が多い短編集になっていることと、各作品の書かれた時期がばらけていることから、より一層著者の根源的な部分(というより性癖笑)が発揮されており、短編集ではあるものの非常に読みごたえがある。
収録作中何作かは日常から非日常への移行が急展開極まりなく、いつの間にかとんでもないことになっているという著者の持ち味を存分に味わうことができる。癖の強い作品集であり万人にはおすすめできないが、変な作品が読みたい方(笑)にはぜひ手に取っていただきたい一冊である。
以下、あらすじの引用
「俺はここにいると言ってるんだ。いないことになんかできねえよ」。恋人の百合子が失踪した。彼女が住むアパートを訪れた私は、〈隣人〉を名乗る男と遭遇する。そこで語られる、奇妙な話の数々。果たして、男が目撃した秘技〈耳もぐり〉とは、一体 (「耳もぐり」)。ほか、前作『残月記』で第43回吉川英治文学新人賞受賞&第43回SF大賞受賞を果たした著者による、恐怖と驚愕の到達点を見よ!
著者初読みにはおすすめできない作品
そもそも小田雅久仁作品自体が少ないので、読むべき順番もおすすめ作品もあったものではないが、とりあえず『禍』は最初に読まない方が良い。
また『本にだって雄と雌があります』と本作では同じ著者が書いたとは思えないほど作風や雰囲気が異なるので、『残月記』を読んで気に入った方が本作を読むのが良いだろう。(あまりいないと思われるが)いきなり本作を読んで肌に合わずに小田作品に見切りをつけてしまうのはもったいないからである。
と言いながらも、本作は作品集のタイトルや想定のイラストから連想されるほどはぶっ飛んではおらず、また難解でもなければ読みにくくもないので、気合の入った奇想を楽しみたい方には悪くないと思われる。
なお参考までに『残月記』の記事を貼っておく。『残月記』は本屋大賞にランクインしているとは思えないほど万人受けしない作風だが、SFやファンタジー好きにはたまらない作品となっている。
食書(2013年)
タイトルの通り本を食べるという話である(笑)
まず話の内容がどうこう言う前に、私は『残月記』を読んだ後に「この作家はやけにトイレを気にするなぁ~」と思っていたのだが、短編集一発目である本作の最初の一文が「子供の時分から腹が弱くて苦労したせいか、便所を探しまわる夢を夢をやたらと見る」から始まるのである。その一文を読んだだけで普段あまり共感することのない私は「やっぱりな...この人はトイレフェチだ」と感激してしまったのである。
ようやく内容だが、本のある1ページを食べるととんでもない体験ができるという話であり、食べることで起きる体験が鮮烈であるがゆえに大変なことになってしまうというものである。
気合いの入った奇想が跋扈する本作品集の中では比較的まともな部類だが、前述の通りトイレやおしっこネタがやたら盛り込まれている関係で、物語の本筋とはあまり関係がないところで著者の性癖が出てしまっているのがたまらない。
耳もぐり(2011年)
コミカライズされた作品とのことで出版社からの評価は高いと思われる『ドグラ・マグラ』感が漂う奇書っぽい作品。
”耳もぐり”という謎プレイが奇想の中の奇想といった感じでかなりブッ飛んでいるし、実際かなり変なことをしまくっている。つかみはミステリーっぽい感じだが、読み進めれば読み進めるほど奇書っぷりが発揮されて結局は奇書でしたという感じ。
奇書という言葉を連発して恐縮だが、意味が分からない方はググってみるか三大奇書のどれかを読んでみることを推奨する。
喪色記(2022年)「灰色の獣たち」改題
『禍』収録作品の中では最もファンタジー要素が強く、日常から非日常への移行がとても巧い作品。独創的な世界観だが他の作品と比べれば変態的な要素が少なく、ファンタジーが好きな人なら気に入りそうな内容になっている。
個人的に最も推している作家の一人である恒川光太郎と作風がかなり似ていて、恒川作品の短編集に紛れていても気付かないと思われる。
破滅に向かう世界感は冷静に想像すると不気味なのだが、何もかもが失われていく儚い描写が、そこはかとない美しさとせつなさを感じさせる。前述の通り、いたって普通の日常から想像もつかない非日常に移っていく描写がとてもテクニカルで、どちらが本当の世界なのか分からなくなっていく感覚が堪能できる。
柔らかなところへ帰る(2014年)
奇妙なデブフェチ物語。
著者の性癖なのかは不明だが、肥えた女性への欲望が日に日に強まっていく展開は非常にキモいと同時に意外とリアリティも感じてしまう。
欲望が限界に達して暴走モード突入かなぁ....と思いながら読んでいくと、微妙に斜め上な方向でハイパー変態プレイが始まり、日常が完全にどこかへ行ってしまうのは著者ならではの奥義だと思う。ヤバめなHENTAI作品を想像させられるラストシーンはこの手のフェチズムを持っている方にはご褒美になるのかもしれない。
農場(2014年)
常軌を逸した奇想に引き込まれまくる、本作品集の中では最も長尺な作品。
よくこんな訳の分からない設定を思いつくよなぁ....と思わずにはいられない不気味極まりない”ハナバエ”なるものの秘密が気になりまくり、一気読みは避けられないだろう展開になっている。
思わず「え?......ちょ...ちょっとマジかよ....ぶおっ」となること必至である。SFやファンタジー小説、またそっち系のアニメやゲームに普段から触れていると、謎設定のクリーチャーはよく見るものだが、”ハナバエ”の奇妙さは最高峰に達していると思う。とにかくブッ飛んでいるので、個人的に本作がベスト。
想像すればするほど不気味さやマニアックなエロさに包まれる本当に変な作品である。
髪禍(2017年)
ちょっとぶっ壊れ過ぎなヤバい作品。
意味不明な教義を持つ怪しい宗教団体と、「いやいや、さすがにその量は無理でしょ笑」と突っ込まざるを得ないキモさと妖しさ全開の”とある服”など、ヤバいことになるフラグが経ちまくっているのだが、実際に想像を限界を超えてヤバいことになっていくのがたまらない。
というか宗教団体の秘技がヤバすぎワロタ状態で、そのシーンを想像すると気持ち悪がればいいのか、笑えばいいのかよく分からない感じになってしまう。ちなみに超ヤバシーンで大量の女性が糞尿を垂れ流してしまうのだが、やはり著者はこの手のネタが性癖なのではないかと思わざるを得ない。
ラストが少々投げやりな感じだが、強烈なインパクトを味わえるだけでもう十分だろう。
裸婦と裸夫(2021年)
ある意味ゾンビ作品と言えなくもないぶっ壊れ作品。
作品の内容から逸れるが、電車で小説を読む女性(眼鏡ポニーテール)の考察が著者の思考駄々洩れで愛おしい。やっぱり著者は変態だと思う。
そして変態暴走からのパンデミック(?)と、怒涛の勢いにごり押しされまくっているうちに、これまた強引な展開を迎える。こちらもちょっと投げやりな感じが否めないが、普通に面白い作品と言えるだろう。
何となくアニメ『キルラキル』が脳裏をよぎったのだが、同じような考えが浮かんだ方とはとても仲良くなれそうな気がする(笑)
次は長編を読んでみたい
『禍』はかなり気合の入った奇想作品集であり、個人的に大好きな作品ばかりなのだが、短編であるがゆえに似たような読後感に浸る作品が多い。例えば「喪色記」や「髪禍」、「裸婦と裸夫」あたりは長尺にすればより良い作品になった気がしてならない。
著者のストーリーテリングの巧さは「残月記」で証明されており、本作品集では途方もない奇想を持っていることを示したので、次回作はぜひ圧倒的な奇想を最高の物語に載せた長編を期待してしまう。
何はともあれ次回作を期待せずにはいられない素晴らしい作家、素晴らしい作品である。
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