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『残月記』小田雅久仁|ルナティックな世界観のSFファンタジー

月にまつわる驚異の物語

 

 

作品紹介

小田雅久仁による『残月記』は2021年に双葉社より出版された作品で、単行本で400ページ程度の中・短編集である。(表題作は長編級の尺)

いかにも本格SFのようなタイトルと表紙だが、意外にも一話目「そして月がふりかえる」はあまりSF要素はなく”世にも奇妙な物語”のような不条理小説となっていて、続く二話目の「月景石」は日常が突如崩れ去って異世界に雪崩れ込むダークファンタジー風に仕上がっている。そして圧巻の三話目「残月記」はディストピアSF×ファンタジーを筆頭に、ありったけのエンターテイメント要素をぶち込んだ途轍もない物語である。

いずれの作品も””にまつわる話ということと予想不可能な展開という共通点があるが、それぞれがジャンル違いの異なる魅力と、そして強烈な世界観を持っているので、心に深く刻み込まれること請け合いである。通読後は放心してしまうだろう。

それでは奇跡的な傑作『残月記』について書いていきたい。

 

 以下、あらすじの引用

近未来の日本、悪名高き独裁政治下。世を震撼させている感染症「月昂」に冒された男の宿命と、その傍らでひっそりと生きる女との一途な愛を描ききった表題作ほか、二作収録。「月」をモチーフに、著者の底知れぬ想像力が構築した異世界。足を踏み入れたら最後、イメージの渦に吞み込まれ、もう現実には戻れない――。最も新刊が待たれた作家、飛躍の一作!

 

 

想像していたイメージと違い過ぎ

月をモチーフにしたSF要素のある恋愛短編集的な内容を勝手に想像していたのだが、実際はまるで違い良い意味で期待を裏切ってくれた。

まずは収録数と物語の尺である。収録作のページ数はそれぞれ70ページ、90ページ、220ページ程度で、単行本で改行少なめの文字びっしりのため、長めの短編2編に、短めの長編という感じなので非常に読みごたえがあり、中短編よりも長編が好きな私にとっては嬉しい誤算であった。

次に作風である。月が舞台のキラキラしたお話かと思いきや、最初の「そして月がふりかえる」は家族でレストランに行った主人公が、トイレに席を立って戻ってみると妻子が主人公のことを知らないという不条理ホラーな作風である。「こんな感じだったのかぁ...これなら本屋大賞にノミネートされてもおかしくないな」などと思いながら一気読みし、続く二作目の「月景石」を読み進めていくと、ちょっとファンタジー要素があるっぽい日常系の話から一転、恐ろしいダークファンタジーの世界に引きづり込まれる。

そして圧巻の表題作である。架空の病気の感染者を隔離するという、コロナ渦のような社会から全体主義の突き進んだディストピアSFなのだが、どうしてこうなったという感じの展開を迎え、血沸き肉躍るエンターテイメントを味わうことができたのである。

ザコ敵(失礼極まりない)かと思ったら、裏ボス級の大物だったという希少な読書となり、テンションが上がりまくってしまった。まさにルナティック!!

 

月がふりかえってしまった

「そして月がふりかえる」は収録作の中では最も日常度が高く、読者によっては我が身に置き換えてしまいそうな内容なので、読みやすく共感しやすい作品である。

突然自分の妻子が冗談ではなく「あんた誰?」となったらどうだろうか。しかも自分の代わりに別の夫が登場したり、自分には面識がないのに別の妻(?)がいきなり現れたらどうだろうか。本作を読書中の私はちょうど作中の主人公と年齢や家族構成が近いので、いろいろと「俺ならこうする」と妄想しながら読んでいたら、「あ!やってもうた」な展開かと思わせつつ、やはりかくかくしかじかな感じになり、ラストでちょっとした衝撃を喰らったりと、短めな話なのにかなり思い読後感が残るだろう。

世にも奇妙な物語”を思わせる作風で、想像するとなかなかのホラー要素を秘めているので、好みな方にはハマる作品だと思われる。

 

そんな夢は見たくないです

「月景石」は電波系の叔母(夭逝した美女)が残した、月景石という枕の下に入れて寝るととんでもない夢を見てしまうというトンデモな代物がキーになる物語だ。

物語はある地点まではアラサー独身で10歳年上のモテ男と同棲している女性の日常的な話を中心に進んでいくのだが、途中から「おや?」となりついには一気に「うおぉーーーッ!!」となる展開である。月景石が見せる悪夢の世界だと半ば分かってはいても、あまりの超展開に頭が混乱すること請け合いである。

ダークファンタジー全開な月世界ではかなり残酷な描写が続くので、ここいらでふるいにかけられる読者は多そうだが、エグイのがOKな方やリョナラーにとってはたまらない作品になるだろう。どちらが現実だか分からなくなってくる展開と、某SF作品が脳裏をよぎるラストは本当に最高だった。

 

グラディエーターだと...!?

完全無敵な表題作は尺的にも重厚な内容からも、まさに大長編に匹敵するほど圧巻の超傑作である。(でも激しく人を選びそう&好みが分かれそう)

架空の日本を舞台に、”月昂”という感染症にかかった男の生涯が描かれるディストピアSF×ファンタジーな物語なのだが、話の展開が斜め上過ぎてテンションが猛烈に上がってしまい、まさに私自身が”月昂”に感染してしまったかのような状態に陥ってしまった。ちなみに”月昂”とは超強烈なインフルエンザのような症状が発端となり、最初の段階で死亡する罹患者もいるが、そこを乗り切るとスタンド使い満月期に超パワーアップし、新月期に深い賢者タイムに入り3%くらいの確率で死ぬという状態になる病気である。

架空の日本が舞台だけあって、独裁政治のもとに月昂発症者を隔離するのだが、そこでまさに古代ローマ帝国のような剣闘が行われている。主人公はそこに太刀使いのサムライとして参戦することになり、とある事情で女を愛することになり....という胸アツな展開が待っている。

私は恋愛ものには相当な拒絶反応を示す体質であり、くだらない小説のくだらない恋愛シーンでは「マジでかんべんしてくれよ....」となってしまうのだが、「残月記」の恋愛はいろいろと完璧に決まってしまっており、『北斗の拳』とか『男塾』が好きな小生は、物語が終盤に差し掛かるや涙腺が緩んでしまう状態であった。

激アツな中盤戦とスーパーハードな逃避行とせつない純愛の物語はツボにはまればとことん好きになるだろう。読後はしばらく放心してしまった。

 

ほんとにこんな感じ

 

究極のリアリティ”トイレ愛”

超どうでもいいことなので完全に蛇足なのだが、それを承知で書いておきたい。

『残月記』収録の作品はいずれもトイレとか小便・大便関連のネタが頻出するんです(笑) なんでだろうと考えてみると、おそらく著者の小田さんはトイレが近いんだろうとか、はたまたひょっとしてスカ〇ロ好きなのかしらんとか、くだらない考えが次々と浮かんでしまうのである。

というのは置いておくとして、何が言いたいかというと、私は頻尿なので基本的に常にトイレを探すことから行動が始まる人間である。そのため小説を読んでいて「トイレはどうするんだろう??」と常々ツッコミを入れてしまうものなのである。そんな中『残月記』は生まれて初めて出会ったトイレのことを考慮した小説なのだ。くだらないことだが私は感動したし、小田雅久仁氏の作品は今後もずっと読み続けたいと心に決めたのである。......(笑)

 

至高の傑作

プロットや世界観の完成度の高さや、洗練された文章など読む人を選ぶものの、稀に見る傑作なので多くの方におすすめしたい。今後新刊が出たら即購入する作家が一人増えたのは幸せなことである。

 

 

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