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『竜が最後に帰る場所』恒川光太郎|人の世界から人外の世界へ

これぞ恒川ワールドの布教本

 

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おしとやかな装丁だが内容は強烈

 

作品紹介

 恒川光太郎による『竜が最後に帰る場所』は2010年に出版された作品である。
文庫版はちょうど300ページ程度の長さにバラエティ豊富な5作の短編が収録されている。

”読むにつれて、だんだん人間から離れていきます”という売り文句の通り、1話目から読み進めるごとにだんだん現実感が薄れていく物語に移り変わっていくので、じわじわと恒川ワールドに没入していく仕様になっている。どの話もだいぶ雰囲気が異なっていて、現代ホラー風な話やサイコサスペンスな話もあれば、ホラーSFな感じの話や発想がぶっ飛んだ作品、ファンタジーのような人外の物語と幅広く恒川光太郎の作風をカバーしている。

とても読みやすいので、初めて恒川作品を読む方にも自信を持っておすすめできる優れた作品集である。

 

 以下、あらすじの引用

魔術のような、奇跡のような。稀有な才能が描く、世界の彼方――今、信じている全ては嘘っぱちなのかもしれない。

しんと静まった真夜中を旅する怪しい集団。降りしきる雪の中、その集団に加わったぼくは、過去と現在を取り換えることになった――「夜行の冬」。古く湿った漁村から大都市の片隅、古代の南の島へと予想外の展開を繰り広げながら飛翔する五つの物語。日常と幻想の境界を往還し続ける鬼才による最重要短編集。

 

 

純粋にハイレベルな短編集

恒川作品はずばりハズレ無しである。

なのでどの作品を先に読んでも良い世界観に浸ることができるのだが、恒川光太郎の才能や守備範囲を幅広くカバーしているのが『竜が最後に帰る場所』である。

多くの人は『夜市』を1冊目に読んで、「あー....良かったなぁ.....」となって満足してしまうものだと思うのだが、『夜市』は超傑作ではあるものの、恒川作品の魅力を余すことなく伝えているかというとそうは言えない。

『竜が最後に帰る場所』は恒川作品の魅力が凝縮されているだけでなく、もっとこの人の作品を読みたいと猛烈に思わせる要素が満載である。そのため、初めて恒川作品を読む人や1~2冊読んで次に何を読もうか迷った方に超おすすめである。

それでは個々の作品の感想を挙げていく。

 

「風を放つ」

かなり短めで、さらっと読めて妙に印象に残る話である。

バイト先の社員との繋がりから、ギャルっぽいようでいてやたらストーカー体質な正体不明なとの交流が描かれる。ホラーではないのだろうがホラーのような後味を残るのが面白い。

恒川作品が得意とする異界感は乏しいのだが、人を殺す力を持つ精霊を封じ込めた小瓶という妖しげな小道具が恒川ワールドの幕開けにふさわしい。

 

「迷走のオルネラ」

冒頭で謎のヒーローが悪い奴を魔法で消し去るところから物語は幕を開ける。

しかし話は”マスター・ヴラフの手記”なる、外道中年男によって少年時代をめちゃくちゃにされた可哀そうな少年の話に移り変わり「この話は一体どんな展開になるんだろう?」などと考え冒頭のシーンを忘れたあたりで話は怪しげな方向に展開していく。

現実的な物語なので恒川ワール度は低いが、ミステリ的な伏線回収のテクニックが発揮されており、最後まで読み終えると冒頭のヒーローの話に戻ること間違いなしである。

ちなみにこの話に登場するクソな中年男の最悪っぷりがなかなか強烈で、主人公の彼女もかなりこじらせていて、こういうブッ飛んだキャラの描写がうまいのも著者の魅力かもしれない。

 

「夜行の冬」

個人的に『竜が最後に帰る場所』の中でベストの作品。

3話目にして一気に恒川ワールド全開となり、和風ホラーのような怖めな世界観に、パラレルワールド設定が組み込まれていて、これぞ恒川な作品となっている。

発想が神。世界観が闇。物語が鬼。と無敵な内容で、この作品を読むためだけに本短編集を購入しても元が取れるくらいである。

講談社のうたい文句にも「初めて恒川作品を読む人はまずはコレから」的なことが書かれていたので、著者的にも出版社的にも推しなのだろう。超おすすめ。

 

「鸚鵡幻想曲」

「夜行の冬」に続き、またしてもThe 恒川な作品である。

この話は著者自体が行き当たりばったりで書いたらしく、話の展開が斜め上過ぎて終始意表を突かれまくる仕様になっている。それでいてラストの素晴らしさよ....。

偽装集合体”という概念が本作のキーワードで、思わず本当にある用語なのかと思ってググってみたら、フィクションだったというオチ。この意味不明な概念を考案しただけで著者の奇想を崇めたくなるのだが、この設定をこれでもかというくらい巧みに利用して結末に向かうのは天才としか言いようがない。

これも唯一無二のすごい話なので超おすすめ。

 

「ゴロンド」

タイトルは異なるが、本作に”竜が最後に帰る場所”という言葉が登場することから、表題作である。竜(のような謎の生き物)が主人公で、その生き物目線で物語が進んでいく。まるっきりファンタジーな作品だ。

作風の割に、他の作品に比べてエンターテイメント要素が少なめに感じるが、どうも著者が生き物ドキュメンタリーに影響を受けて書いたらしい。人間以外(または人間が人間以外のものになった)の視点の描写がやたらうまいのも恒川作品の魅力だと思う。

 

面白おかしく書けなかった

このブログでは超面白かった作品の他、ぜひとも人に布教したい変態作品を紹介しているのだが、『竜が最後に帰る場所』は当然ネタ枠ではなく前者になる。

この記事がクソつまらなくなってしまったことは反省すべき点ではあるが、私が紹介する記事の内容がつまらなければつまらないほどその作品は正統派な面白い作品なのである。真面目に面白い本作を多くの人におすすめしたい。

 

 

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