『アトポス』島田荘司ゲストは血の伯爵夫人
作品説明
島田荘司御大による『アトポス』は講談社から1993年に出版された作品である。文庫版のページ数は解説込みで1000ページ弱と、アトポス以前の作品と比べて最長となっている。
御手洗シリーズの9作目であり、『水晶のピラミッド』に引き続きヒロイン松崎レオナが大活躍するのでレオナファンは必読だろう(レオナは不人気キャラらしいけど...)
『アトポス』の特徴は何といっても、本編に負けず劣らずの完成度を誇る作中作である。史上最悪の殺人鬼とされるエリザベート・バートリが悪逆非道の限りを尽くす物語が冒頭に挿入されるのだが、これが本当に面白いのである。
またこれ以降の作品でも作中作が挿入される話が多くなることからも島田荘司という作家の型が完成した作品と言えるのかもしれない。
もはや推理小説という枠を超越して、物語として純粋に面白いので本格ミステリ好き以外の方でも楽しめるはずだ(というよりむしろ本格ミステリマニアからは敬遠されるかも)
以下、あらすじの引用。
虚栄の都・ハリウッドに血で爛れた顔の「怪物」が出没する。ホラー作家が首を切断され、嬰児が次々と誘拐される事件の真相は何か。女優レオナ松崎が主演の映画『サロメ』の撮影が行われる水の砂漠・死海でも惨劇は繰り返され、甦る吸血鬼の恐怖に御手洗潔が立ち向う。ここにミステリの新たな地平が開かれた。
完全無欠の傑作
これまでの作品以上に本編とは関連がないと思われる多くの話が盛り込まれることにより、犯人やらトリックがどうこう言う前に、事件の全貌自体すら見えてこないのだが、ばらまかれまくった謎をきれいに解いていくラストは圧巻である。
そしてこれこそが島田荘司が提唱する21世紀本格なのだろう。
エリザベート=バートリー
プロローグでレオナがおかしくなったと思ったら、いきなり作中作であるエリザベートバートリーの話が始まる。
エリザベートバートリーは戦争などの特殊な状況を除けば、ギネス記録級の大量殺人鬼である。その犠牲者は300とも600人とも言われるんだとか...。
⇩エリザベートバートリーをテーマにしたブラックメタルの名盤。
非常に残酷で悲惨な話なのだが、この話が面白くて面白くてたまらないのだから困ってしまう。
この話だけでおよそ200ページにおよぶので、これだけでも短めな長編ホラー小説として成り立ってしまうくらいだ.....というより角川ホラー文庫あたりからこの作中作を出したら絶対に売れると思うんだ。
しかも島田御大はこの凄絶な作中作に、恐ろしいオチを用意してくれているのだから愛さずにはいられない。
魔都
長い前奏(ホントに長い)が終わって、メインの死海の殺人に入ったと思ったら、またもや怪しげな挿話が始まる。第二次世界大戦前の魔都上海である。
阿片やら宦官やら興味深い話が語られ、人魚にチ〇コをブチ込んでThe End。
どう事件に関わるのか、これ程突拍子がなく、わけが分からない話は初めてだが、このエピソードを忘れた頃にまさかあんな繋がり方をするとは!!
『水晶のピラミッド』では古代エジプトとタイタニック号のエピソードが挿入されたが、本作では前述のエリザベート・バートリと魔都上海され、死海の猟奇殺人に話が繋がるというますますわけが分からない仕様なのである。
⇩あんまり関係ないけどDir en greyのこのPVっぽい映像が脳内再生されたヨ。
サロメ
日本人にはあまり馴染みがないのかもしれないが、サロメは洗礼者ヨハネ(イエス・キリストを洗礼した人)を愛するがゆえに、首をはねさせてラブラブしたという一途なサイコビッチである。
サロメは本作で一気にキャラが崩壊してきたレオナが主演を務める映画なのだが、狂ったレオナが御手洗への叶わぬ愛ゆえに凶行におよぶようなイメージを彷彿させ、なかなか震えさせてくれる。
この台本は島荘オリジナルなのか?
首をはねろのセリフがやけにノリノリでセンスに溢れている。
過去最大の怪事件
顔が血だらけで髪がほとんど生えてない化物が滅多刺しにして首をはねたり、嬰児を攫いまくって妙な殺し方をしたり....
さらには心臓を刳られ血を飲まれたり、ミイラのようになって死んだり、水死体が上がったり、映画『サロメ』で使われたヨハネの首が本物だったり、レオナ(?)に顔面を滅多切りにされて殺されたり.....もはや何が何やらさっぱりだ。
極めつけは『斜め屋敷の犯罪』や『水晶のピラミッド』級にびっくりな上空串刺し....謎すぎる事件のオンパレードだ。
犯人は悪魔か神か、それともスタンド使いなのか....としか思えない。そんな化け物的な犯人のイメージは以下の画像の通り。怖いよ。
追い詰められたレオナと白馬の王子様
『水晶のピラミッド』や前作の『目眩』では、御手洗はかなり辛辣で見方によっては普通にイヤな奴な部分もあったが、本作では終始イケメン白馬の王子様キャラに徹している。
タイミングを計ったかのようなめちゃくちゃ遅い登場をするうえに、白馬の王子様のごとく本当に馬で現れるのがヒーローっぽくてツボ。
しかもこの異常極まりない怪事件をシリーズ最速級に解決して、レオナとカッコ良く去っていくのはまさにヒーローそのもの。
ちなみに事件は与えられた情報から読者が解き明かすことはほぼ....というよりも絶対に無理だと思われるので、そんな事情からも本作は本格ミステリとしてではなく、優れたエンターテイメント作品として楽しむのが正解なのだと思う。
いやー....しかしエピローグはホントに好き。御手洗の中でも一番かっこいいシーンだと思うし、レオナのせつなさも心に沁みる。さらに言うと解説も素晴らしいですぞ。
まとめ
事件がイカれている上に、構成もめちゃくちゃであり得ない偶然が作用するなど、本格推理小説としての完成度は何とも評価し難いが、エンターテイメント作品としては御手洗シリーズの中でもトップクラスである。
物語はかなり長く、グロテスクなシーンがかなり多め、しかも本が分厚くて読みにくいなど、マニアック仕様で間違いなく万人受けしない作品だが、本格ミステリに論理的な完成度よりも魅力的な謎や物語そのものに価値を見出すタイプの読者であれば好きになること間違いなしだろう。
レオナはこれ以降の作品だとレオナが主役で御手洗が電話で少ししか登場しない『ハリウッド・サーティフィケイト』と『ロシア幽霊軍艦事件』に電話でのみ登場、あとは短編に出るだけなのがとても悲しい!!......きっともう無理なのだろうけど 『ハリウッド・サーティフィケイト』はもともと続編を想定していたようなので書いてくれないかぁ....などと祈りを込めつつ締めたい。