皆殺し....!!
作品紹介
中島らもによる『酒気帯び車椅子』は集英社から2004年に出版された作品である。
文庫版は344ページと読みやすい長さであり、序盤から中盤、そして終盤へとかなりハードコアな展開が待っている。
らも作品の中でも最もエンターテイメントに特化した作品である分、著者の持ち味である抒情性が封印されているため評価が分かれているが、『ガダラの豚』や『こどもの一生』あたりが好きな方であれば確実に高評価になるだろう。
『酒気帯び車椅子』は抒情性どころか知性的な部分もかなり抑えられていて、ただひたすらストーリーに重きを置いているような作品である。しかもこれが著者の遺作というのが著者の熱い遺志であるように思えてしまう。
とにかく頭をすっからかんにして楽しむべき物語である。
以下、あらすじの引用
家族をこよなく愛する小泉は中堅の商社に勤める平凡なサラリーマン。彼は、土地売買の極秘巨大プロジェクトを立ち上げた。必死の思いで進めた仕事のメドがたったある日、計画を知るという謎の不動産屋から呼び出される。彼を待っていたのは暴力団だった。家族を狙うという脅しにも負けず敢然と立ち向かう小泉だったが…。容赦ない暴力とせつない愛が交差する中島らもの遺作バイオレンス小説。
(注意)こればっかりはどうしようもない
ネタバレはしない方針なので極力内容には触れないようにしたいのだが、この物語は話が極めてシンプルなので、感想を書くこと自体がある程度ネタバレになってしまうということをまずは伝えておきたい。
何一つネタバレを喰らいたくない方はこの本は滅茶苦茶に面白いということは保証するので、ここから先は読まずに『酒気帯び車椅子』を楽しんでいただきたい。
のほほ~んとした序章
『酒気帯び車椅子』はふざけたタイトルに反して、情け容赦ないほど過激な内容である。
序章は嵐の前の静けさと言わんばかりに、平凡なサラリーマン生活と飲み友達との日常、そして温かい家族生活が描かれる。
あらすじの内容から先に待ち受ける地獄のような展開は想像できてしまうのかもしれないが、かなりのページにわたってユーモア溢れるのほほんとした話が続くため、「この幸せが壊れませんように」という祈りのような思いが、のほほんの中に不穏な緊張感を生み出している。
著者はユーモラスで脱力した描写が巧いだけに、序盤のまったり感は読んでいるだけでへらへらしてしまうのだが、この温かいゆるさが中盤以降の激情を生み出すのだ。
完全に計算されているのだろう。
ドン引きレベルのえげつない行為
幸せがぶち壊されるシーンははっきり言って超超超極悪非道だ。
私は映画にしても小説にしても過激な作品を好む傾向があり、残虐極まりない肉体破壊シーンをアホみたいに大量に見ているのだが、『酒気帯び車椅子』の胸糞度は最高ランクと言っても過言ではない。
過激な肉体破壊系は限界値があるし、そっち系を見れば見るほど耐性がついてきてしまうという弱点がある。また視覚や聴覚を伴わない小説では相性が悪い。
しかし本作はそこそこの肉体破壊+強烈な精神ダメージ系である。
胸糞度に限界値がなく、著者の力量が試されるのだが天才中島らもは完璧である。
必然性があり、なおかつ下品にならない範囲の肉体破壊と、怒りと憎しみを爆裂させる蛮行が描かれるため、作中の主人公と境遇が近い私はかなりの大ダメージを負った。
しかし何といっても素晴らしいのは、悪ノリで残虐シーンを描いたのではなく(ちょっとは好きで書いたのかもしれないけど...)、後半のハイパーハイテンションを生み出すための起爆剤となっている点である。
絶望の中にも笑いとエロ有り
すべてを失い失意のどん底に陥った主役のおっさんだが、ここで完璧な著者のセンスが発揮されている。
普通なら陰鬱なシーンになってしまうであろうシーンのはずだが、なぜかやたら笑えてしまうし、男の夢の中の夢である「ナースフ〇ラ」というアルティメットなエロシーンがある。
笑わせたり泣かせたり怒らせたりと、読者の心をコントロールするのがどこまでもうまい作家だと思う。
ちなみに何かで読んだのだが、作家として難しいことは「驚かせる」≦「泣かせる」<「怖がらせる」<「笑わせる」らしい。
一番難しいとされる「笑い」をマスターしているのも、中島らもが天才と称される要素なのだと思う。
バカと友情
外道たちを皆殺しにするための戦術を練ったり、修行をするのだがこれがまぁ面白い。
戦前最悪の大量殺人とされる『津山三十人殺し』を参考文献として名前を挙げるあたり、著者の知性を感じさせるしちょっと面白い。
そして冗談と中二病で出来上がったようなジェノサイド車椅子がなんともかっこよくて笑えて最高なのだ。
しかし何といっても見どころなのは、おバカな飲み友達の優しさと友情である。
きっと著者にはこんな友達がいたんだろうなぁと考えながら、ほほえましくなってしまった。
天誅
外道どもを血祭りにあげるラストシーン。
ここでのテンションの上がり方は尋常ではなく、脳内麻薬はドバドバである。
無駄が一切なく、淡々とぶっ殺しまくるのでかなりあっさりしているので物足りないという意見も散見されるが、本作の狙いは大量殺戮を面白おかしく書くことではないと思うので私はちょうど良いと思う。
脳内麻薬が爆裂する小説は滅多に出会えないものだが、『酒気帯び車椅子』はレアな麻薬小説の中でも最強の1冊である。
酒を片手にニヤニヤしながら車椅子が突撃するシーンを思い浮かべて読むのが良いのだろう。
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