狂気に歪んだ世界の女神
芥川賞を受賞したことにより知名度を大きく上げ、芥川受賞作である『コンビニ人間』を読んで、その狂気を孕んだ強烈な内容と読みやすさに、魅力されてしまった方は数知れないのだろう。
しかし『コンビニ人間』を読んで他の村田作品を読もうと考え、軽い気持ちで彼女の他の著書を手に取ると後悔することになるかもしれない。
なぜなら想像を遥かに超えた狂った思想が多くの作品で展開され、中にはホラーと言っても過言ではない作品まで存在するためである。
この記事では作品の面白さを基準に格付けをしつつ、閲覧注意な作品について注意喚起をさせていただきたい。
作品一覧
村田作品は短編と中編が多く、長編作品もさほど長くないので全体的に読みやすい本が多い。ただ単純に文章が読みずらい作品や思想がブッ飛び過ぎていて常人ではついていけない作品もあるのが特徴だ。
ごく稀にまともな作品もあるのだが、短編だろうが長編だろうが全体的に危険な村田ワールドが全開である。
小説
- 授乳|短編集(2005年)
- マウス|長編(2008年)
- ギンイロノウタ|中編集(2008年)
- 星が吸う水|中編集(2010年)
- ハコブネ|長編(2011年)
- タダイマトビラ|長編(2012年)
- しろいろの街の、その骨の体温の|長編(2012年)
- 殺人出産|短編集(2014年)
- 消滅世界|長編(2015年)
- コンビニ人間|長編(2016年)
- 地球星人|長編(2018年)
- 生命式|短編集(2019年)
- 半変身(かわりみ)|中編集(2019年)
- 丸の内魔法少女ミラクリーナ|短編集(2020年)
エッセイ
- きれいなシワの作り方〜淑女の思春期病(2015年)
- となりの脳世界(2018年)
- 私が食べた本(2018年)
読む順番
村田作品は危険な作品が多い。したがって徐々に狂気の村田ワールドに慣れていかなければ、あまりのショックに嫌いになってしまうことだろう。(まぁ好きになったり信者になる人もいるかもしれないが。)
危険な要素は大まかに挙げると以下の通りである。
- エロい
女性作家特有のねちっこいいやらしさを、無感情に淡々と記載するパターンが多いため読者の男女を問わず無理な人は無理だろう。 - グロい
『殺人出産』以降の作品ではショッキングなグロ描写が多い。しかもエロさと同様に何の感情もなく無機的な描写なのが恐ろしさに拍車をかける。 - 危険思想
これこそが村田ワールドの真骨頂なのだが、一部の作品ではこの人絶対にキチ〇イだ...と思わざるを得ない危険な思想が描かれている。 - 読みずらい
全体的には読みやすい作品が多いのだが、いくつかの作品は純文学的な要素が強めで物語性が乏しく読みずらい。
上記の内容を受けてより安全に村田作品を楽しみたいのなら、危険度が低い作品でで少しずつ慣れていくのが無難だと思う。要は過激な作品や読みずらい作品を後回しにしている。
①最初に読むべき本
『マウス』
『コンビニ人間』
どちらの作品も過剰に危険な描写は少なくとてもマイルドである。話も面白い部類に入るため最初に読むには最適だ。
②村田ワールドに慣れてきたら読むべき本
『星が吸う水』
『ハコブネ』
『しろいろの街の、その骨の体温の』
『消滅世界』
『丸の内魔法少女ミラクリーナ』
エロい描写や狂った描写が目立ち始めるが、読みやすくて完成度の高い作品が多いのでドン引きはしないと思う。
③村田LOVEになったら読むべき本
『授乳』
『ギンイロノウタ』
『殺人出産』
『生命式』
授乳やギンイロノウタは純文学度が高めで読みずらい。そして微妙。
殺人出産と生命式はかなりおすすめだが、グロやキチ〇イ度が高いのでいきなり読むと「えっ....この人大丈夫??」となること請け合いである。
④村田信者向け
『タダイマトビラ』
『地球星人』
タダイマトビラはそこそこまともに見せかけて、最もマニアックな思想が出ているので常人が読んでも理解不能だろう。地球星人はマジキチ本なので取り扱い注意だ。
作品ランキング
”いかに村田ワールドが発揮されているか”と”話が面白いか”を基準に格付けをした。そのためランキング上位の作品ほど危険な作品が多い傾向になったので、上記の読む順番をご参考いただき、ヤバい本は回避した方が得策かもしれない。
では村田ワールド全開な作品をランキング形式でご紹介していく。
10位 星が吸う水(2010年)
恋愛ではない場所で、この飢餓感を冷静に処理することができたらいいのに。「本当のセックス」ができない結真と彼氏と別れられない美紀子。二人は「性行為じゃない肉体関係」を求めていた。誰でもいいから体温を咥えたいって気持ちは、恋じゃない。言葉の意味を、一度だけ崩壊させてみたい。表題作他一篇。
村田作品で"性"を扱うものが多いが、本作はそのテーマ、特にセックスに特化した内容になっていてかなり過激。
表題作と『ガマズミ航海』という2作収録されている中編集だが、どちらもめちゃくちゃエロい.....いや、これはエロ過ぎる。
表題作ではとにかく女が"勃起"だの"抜く"だの独特のエロい表現がさらっと連発されていて大変危ない。タイトルの意味は....酷すぎて笑うしかない。
女は射精ができないのがツライのか?
もう1編の『ガマズミ後悔』は本当のセックスを探求する話なのだが、「膣で人間の肉片=ペニスをしゃぶる」など表現が超強烈であり、本当のセックス探求シーンがエロマックスである。
9位 マウス(2008年)
私は内気な女子です――無言でそう訴えながら新しい教室へ入っていく。早く同じような風貌の「大人しい」友だちを見つけなくては。小学五年の律(りつ)は目立たないことで居場所を守ってきた。しかしクラス替えで一緒になったのは友人もいず協調性もない「浮いた」存在の塚本瀬里奈。彼女が臆病な律を変えていく。
"他人の目が気になりまくる女性"と”他人の目はまったく気にならないが人間が怖い女性”の話。
村田作品の中で唯一ブッ飛んだ表現や性的な描写が無い作品であり、村田ワールドでよく扱われるテーマである、スクールカーストや他人の目を気にすることについて的確に書かれている。
パンチが足りないかもしれないが、物語としてしっかりしているので無難におすすめできる作品である。
8位 ハコブネ(2011年)
十九歳の里帆は男性とのセックスが辛い。自分の性に自信が持てない彼女は、第二次性徴をやり直そうと、男装をして知り合いの少なそうな自習室に通い始める。そこで出会ったのは、女であることに固執する三十一歳の椿と、生身の男性と寝ても実感が持てない知佳子だった。それぞれに悩みを抱える三人は、衝突しあいながらも、自らの性と生き方を模索していく。芥川賞作家が赤裸々に紡いだ話題作。
『ハコブネ』は他の村田作品に共通するテーマである"性"に特化した内容だが、男と女以外の性別やLGBTといった"性別"がテーマになっている。
エロ描写の過激さは『星が吸う水』よりは低いものの、『ハコブネ』もかなりエロい。
『ハコブネ』の思想は強烈である。
生物感覚より物体感覚が勝るという(?)星の欠片女の思考がとにかくすごい。
『般若心経』の色即是空を悟ったような人なのだが、テラ=地球とセックスという途方もない珍プレイを描いている。
すべての問題をセックスに集約させているようで、人によっては嫌悪感も出る話だと思うが、刺さる人には刺さるであろう傑作だ。
7位 しろいろの街の、その骨の体温の(2012年)
クラスでは目立たない存在の結佳。習字教室が一緒の伊吹雄太と仲良くなるが、次第に彼を「おもちゃ」にしたいという気持ちが高まり、結佳は伊吹にキスをするのだが―女の子が少女へと変化する時間を丹念に描く、静かな衝撃作。第26回三島由紀夫賞、第1回フラウ文芸大賞受賞作。
扱うテーマは『マウス』とほとんど同じだが、こちらはスクールカーストの要素が強い。またかなり性的な表現が強く、人によってはドン引きすることになるだろう。
スクールカーストの最下層の女とスクールカーストの最上層の男の恋の話だが、そこには存在する様々な葛藤見事に描かれている。
だが、クレイジー沙耶香だけに描写は18禁である。”精通と初潮を見せっこ”や女子中学生による強制フェラチオなどいくら何でもやり過ぎである。
物語としては最もまとまった完成度の高い作品なので、強烈な描写を気にしなければ大変おすすめである。
6位 タダイマトビラ(2012年)
母性に倦んだ母親のもとで育った少女・恵奈は、「カゾクヨナニー」という密やかな行為で、抑えきれない「家族欲」を解消していた。高校に入り、家を逃れて恋人と同棲を始めたが、お互いを家族欲の対象に貶め合う生活は恵奈にはおぞましい。人が帰る所は本当に家族なのだろうか?「おかえり」の懐かしい声のするドアを求め、人間の想像力の向こう側まで疾走する自分探しの物語。
「オナニーをしよ、ニナオ」
「ニナオ。ね、ほら、オナニーだよ」
「はじめるよ」
サイコな母の影響で家庭崩壊した家庭で家族欲を満たすためのオナニー、カゾクヨナニーにふける主人公。
本作は"家族"がテーマになっているかと思いきや、仏教の色即是空を邪悪に解釈したような開いた口が塞がらない、ブッ飛び過ぎた衝撃のラストが待っている。
「もう苦しくないよ。カゾクというシステムの外に帰ろう」
この作品は説明不可能。かなりの信者向けの作品だが村田思想が最も深淵まで覗くことができる作品である。
5位 生命式(2019年)
死んだ人間を食べる新たな葬式を描く表題作のほか、著者自身がセレクトした脳そのものを揺さぶる12篇。文学史上、最も危険な短編集
最高峰に狂った小説である。特に表題作。
『コンビニ人間』を発表してからさらに頭のネジがブッ飛んでしまった著者の短編集であり、1作品が平均30ページ前後のため非常に読みやすく、効率よくまた幅広く村田思想を体験できる傑作である。
ただしマイルドな作品を何作か読んでからではないと村田沙耶香をいきなり嫌いになる可能性が高いので要注意。
⇩西加奈子さんが非常にお上手なコメントを書いているので引用する。
自分の体と心を完全に解体することは出来ないけれど、
この作品を読むことは、限りなくそれに近い行為だと思う。
――西加奈子(作家)
4位 地球星人(2018年)
私はいつまで生き延びればいいのだろう。いつか、生き延びなくても生きていられるようになるのだろうか。地球では、若い女は恋愛をしてセックスをするべきで、恋ができない人間は、恋に近い行為をやらされるシステムになっている。地球星人が、繁殖するためにこの仕組みを作りあげたのだろう―。常識を破壊する衝撃のラスト。村田沙耶香ワールド炸裂!
まさに狂気の結晶であり、閲覧注意の化身である。
完全に頭のネジがブッ飛んでしまったのか.....『コンビニ人間』を読んでファンになった読者が読んだら卒倒するほどの狂った作品となっている。
著者の作品のテーマとなっている要素をより高い視点でまとめて、極限まで凶悪に書ききったといったところか。
"普通"の人は洗脳されて地球星人になった人であり、主人公たちのように"普通"ではない人は洗脳され損なった人となる。
当然洗脳されていない人は地球では生きづらいのでポハピピンポボピア星人として生きていくのだが.....。
「精通前の小学生セックス」やら「"ごっくんこ"と称した小学生イラマチオ」、さらにはサイコな殺戮、挙げ句の果てには禁断のご法度「○○食い」と完全に限界突破した変態キチガイサイコホラーに仕上がっている。
3位 殺人出産(2014年)
今から百年前、殺人は悪だった。10人産んだら、1人殺せる。命を奪う者が命を造る「殺人出産システム」で人口を保つ日本。会社員の育子には十代で「産み人」となった姉がいた。蝉の声が響く夏、姉の10人目の出産が迫る。未来に命を繋ぐのは彼女の殺意。昨日の常識は、ある日、突然変化する。表題作他三篇。
『殺人出産』は頭がおかしい中編である表題作と、それに勝るとも劣らないこれまた危険な3作の短編集である。
表題作は『消滅世界』とほとんど同じ世界観だが、10人産んだら1人殺せるというキチガイシステムにより恐ろしいほど不気味な印象だ。
ある意味合理的ではあるものの、違和感は強く10人産んだ後の殺戮シーンは狂気の一言。狂っている。
2作目『トリプル』はいわゆる3Pの話だ。
ただAVなどにありがちなエロいやらせな3Pではなく、3人1組の恋愛形態となっている。
短編ながら猛烈なインパクトである。そして激エロである。
3作目『清潔な結婚』は性別の無い結婚、恋愛の延長線ではなく、恋愛感情の無い、つまりセックスをしない結婚をした夫婦の話である。
「ミズキさんも33歳でしょう?そろそろ、卵子を受精させたほうがいいと思うのだけれど」こんなシュールなセリフが出てくる。
セックス抜きでも子どもは欲しているため、クリーンブリード(清潔な繁殖)なる変態的な生殖行為をすることになるのだが、とにかくコミカルでエロくてブラックユーモアにしか見えない物語である。
4作目『余命』
医療が発達して「死」が無くなった世界の話。僅か数ページの短編だがキチガイな雰囲気が濃厚に漂う。
2位 消滅世界(2015年)
セックスではなく人工授精で、子どもを産むことが定着した世界。そこでは、夫婦間の性行為は「近親相姦」とタブー視され、「両親が愛し合った末」に生まれた雨音は、母親に嫌悪を抱いていた。清潔な結婚生活を送り、夫以外のヒトやキャラクターと恋愛を重ねる雨音。だがその“正常”な日々は、夫と移住した実験都市・楽園で一変する…日本の未来を予言する傑作長篇。
人工授精の発達により生殖行為としてのセックスが無くなり、夫婦間のセックスは近親相姦とされる近未来、本当にあり得そうな世界の話。
ただ生殖行為としてのセックスが無くなっただけで、かなり非人間的な世界になるものだと思うが、『消滅世界』ではさらに一歩先に進んだ、もはや狂気と化した実験都市が登場する。
そこではセックスが無くなった世界での家族の在り方を掘り下げたものとなっており、恐るべき世界観はぜひ実際に読んで確かめてみてほしい。
1位 コンビニ人間(2016年)
「いらっしゃいませー!」お客様がたてる音に負けじと、私は叫ぶ。古倉恵子、コンビニバイト歴18年。彼氏なしの36歳。日々コンビニ食を食べ、夢の中でもレジを打ち、「店員」でいるときのみ世界の歯車になれる。ある日婚活目的の新入り男性・白羽がやってきて…。現代の実存を軽やかに問う第155回芥川賞受賞作。
村田作品の中では表現はかなりマイルドではあるものの、内容は安定のエクストリーム志向なので安心だ。クレイジー沙耶香全開である。
芥川賞受賞作だけあって、村田ワールドが無駄なくコンパクトに凝縮された大傑作である。
サイコな36歳独身処女のコンビニバイトと35歳の超絶ダメ男を通して"普通"とは何かという事を考えさせられる素晴らしい内容である。
ほとんどの読者は「普通とは何なのか考えさせられました。」といった"普通"の感想を述べられているが、『コンビニ人間』の本当の面白さは36歳独身処女と35歳童貞ニートの掛け合いである。私はツボにはまって腹筋崩壊寸前になった。
アラサーを過ぎた世代であれば、男女や既婚未婚を問わず楽しめる要素が多いので最強におすすめである。
クレイジー沙耶香はどこに向かうのか
40歳を過ぎた著者は、少々ネタ切れ感が出てきているような印象も受ける。
デビューしてから近いテーマの作品を発表してきて、徐々に過激な方向に進んでいるようだが、歳をとったことによって失うものもあれば新たに得ることもあるだろう。
きっと今後は軌道修正しつつさらに強烈な村田ワールドを見せてくれることを祈りたい。