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『鹿の王』上橋菜穂子|伝説の病が迫り来る医療ファンタジー

ファンタジーを超越した世界観

 

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美しい装丁なのだけれど.....

作品紹介

 上橋菜穂子による『鹿の王』は2014年に角川より出版された作品で、単行本は上下巻、文庫は1~4巻に分冊されており1200ページ級の大長編である。

 2019年には『鹿の王』の後の物語となる『鹿の王 水底の橋』が発表されたが、こちらは本編の続編というよりは外伝的な位置付けとなっている。

 児童文学の作家として名実ともに世界に認められた上橋菜穂子だが、『鹿の王』は内容的にどう考えても児童文学という枠に収まっていないように思われる。『獣の奏者』を上梓された際も著者は子供向けとして書いていないと話されていたが、本作は感染症や医療がテーマになっていることや、政治的な思惑が複雑に絡み合うという観点から『獣の奏者』以上に大人向けの内容だと言えるだろう。

 

 以下、あらすじの引用

 強大な帝国・東乎瑠から故郷を守るため、死兵の役目を引き受けた戦士団“独角”。妻と子を病で失い絶望の底にあったヴァンはその頭として戦うが、奴隷に落とされ岩塩鉱に囚われていた。ある夜、不気味な犬の群れが岩塩鉱を襲い、謎の病が発生。生き延びたヴァンは、同じく病から逃れた幼子にユナと名前を付けて育てることにする。一方、謎の病で全滅した岩塩鉱を訪れた若き天才医術師ホッサルは、遺体の状況から、二百五十年前に自らの故国を滅ぼした伝説の疫病“黒狼熱”であることに気づく。征服民には致命的なのに、先住民であるアカファの民は罹らぬ、この謎の病は、神が侵略者に下した天罰だという噂が流れ始める。古き疫病は、何故蘇ったのか―。治療法が見つからぬ中、ホッサルは黒狼熱に罹りながらも生き残った囚人がいると知り…!?たったふたりだけ生き残った父子と、命を救うために奔走する医師。生命をめぐる壮大な冒険が、いまはじまる―!

 

鹿の王文庫全4巻セット(角川文庫)

鹿の王文庫全4巻セット(角川文庫)

 

 

他の上橋作品に比べ読みずらい

著者の代表作と言える『守り人シリーズ』や『獣の奏者』は大長編でありながら、かなり読みやすい部類に入るのだが、『鹿の王』は主に以下の理由からやや読解難易度が高めなので読書やファンタジー小説慣れしていない方は苦戦するかもしれない。

  1. 登場人物多すぎ&漢字の人名が多い&漢字が覚えにくい!
    初見殺しである。読書慣れしていない方がネームバリューに釣られて読んだら、脱落者が多数出てしまうかもしれない。

  2. 複数勢力が様々な思惑を秘めて暗躍する。
    『鹿の王』は登場人物の多さだけに留まらず、物語に関わる勢力も多岐におよぶため、誰がどの勢力に属していてどのような思惑を持って行動しているのかを押さえながら読まないと、今何してるんだっけ?となること確実である。

  3. そして長さが止めを刺す
    前述した著者の代表作に比べれば短いのだが、それでも大長編であることには変わりなく、何より1と2の読みずらいポイントに長尺が加わることでますます読解難易度は上がる。

 

このように読みずらいポイントを挙げてみたわけだが、文章自体はとても読みやすいので登場人物や勢力、地図をメモしながら読むような人にとってはさほど読みずらさは感じないかもしれない。

普段適用に読み進める方(私もそうなのだが...)は、いつもよりしっかり腰を据えて読み込むことをおすすめしたい。全体的な完成度は上橋作品全体でもトップクラスなので、しっかり読む労力は必ずや報われる。

 

二人の主人公

 『鹿の王』はタイプの異なる二人の男性(いずれも女性にやたらモテそう)を中心に物語が展開していく。妻子を含めすべてを失い奴隷となったアラフォーのヴァンとイケメン貴族のアラサーのお医者さんホッサルである。

 立場も身分もまったく異なる二人の物語が交互に語られていき、やがて一つに交わっていくという構成は、『鹿の王』の徹底的に創り上げられた世界観をより深く体験することができるため、本作にふさわしいスタイルだと思う。

また二人の性格がまるっきり異なるため、要所要所で気分転換しながら読み進められるのも良い。

 

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ヴァン:アラフォーの王、こういう男が好きな女性は多そうだ

 

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ホッサル:アラサー界のカリスマ、上橋女史はこんな男がタイプ?

 

 二組のカップ

 正直なところ『鹿の王』に大きな魅力の一つに二組のカップルそれぞれの男女間の絶妙な距離感がとても良いというのがある。一方は公認カップルではないのかもしれないが、それでもこんなお似合いな男女は見たことがないぜ!というレベルなのだ。

個人的には特にヴァン(+ユナ) ✕ サエの絶妙極まりない絡みが好きで好きでたまらない。細かいことは本編で読んでいただくとして、すべてを失ったアラフォー男といろいろ失ったアラサー女ですぞ。

思わず「アオォォーーーーン!」と叫んでしまうような何とも言えぬシチュエーションの妙技をぜひとも読んでみてほしい。絶対この本児童書じゃないな。間違いない。

 

そしてホッサル ✕ ミラルである。この二人は上記のカップル(?)と比べると普通にお似合いな男女という印象しかないかと思いきや、二人には身分の差というよくあるパターンをうまく利用した心理描写(特にミラル)が面白い。

結婚する気がないのにいつまでもアラサーに近づいた女と付き合う男は必読だし、その逆もまた然りだろう。

 

 

 

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サエ:幸薄い系アラサー女の神

 

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ミラル:主役級なのになぜか公式イラストなしの可哀そうな女

 

 本気の医療ファンタジー

 この手のジャンルの小説は、あらすじを多く語り過ぎることですらネタバレになり読む意欲を削いでしまうので深くは書けないが、『鹿の王』はずばり伝説の病”黒狼熱”に対抗すべくワクチン開発をする物語と、その”黒狼熱”をとある理由から政治的、軍事的に利用しようとする集団の物語である。

どの作品でも一切の手加減をしない上橋菜穂子女史だが、『鹿の王』ではファンタジーにも関わらず、細菌やウイルスに関してとても深く研究されたうえで書かれているようで、医学について学ぶことがとても多い。

私を猛威を奮った新型コロナウイルスによるコロナ渦中に『鹿の王』を読んだため、それなりに学ぶことができたと感じている。

また『鹿の王』は”黒狼熱”をめぐって様々な勢力の思惑があるという点で、ミステリー的な手法やサスペンス要素が強く、全体的に見ても結末から逆算して完璧に設計構築された物語という印象が強い。

好みは人それぞれだろうが、私個人的には『鹿の王』は一番完成度の高い作品だと考えている。

 

 

万人におすすめできる

 冒頭で『鹿の王』はやや読みずらいと書いたが、本作は老若男女問わず楽しむことができる作品である。むしろ子供に読ませてはいけないのではないかと思うくらい大人向けだ。

著者の大長編『守り人シリーズ』や『獣の奏者』と比較しても、起承転結がとてもしっかりしいて完成度が高く、なおかつキャラクターも素晴らしく魅力的なため上橋作品を始めて読む方や、ファンタジー慣れしていない方にも自信を持っておすすめしたい。

 

『鹿の王 水底の橋』

 

 伝説の病・黒狼熱大流行の危機が去った東乎瑠帝国では、次の皇帝の座を巡る争いが勃発。そんな中、オタワルの天才医術師ホッサルは、祭司医の真那に誘われて恋人のミラルと清心教医術発祥の地・安房那領を訪れていた。そこで清心教医術の驚くべき歴史を知るが、同じころ安房那領で皇帝候補のひとりの暗殺未遂事件が起こる。様々な思惑にからめとられ、ホッサルは次期皇帝争いに巻き込まれていく。『鹿の王』、その先の物語!

 

 『鹿の王』の後の物語だが、外伝的な内容となっており前作の主人公の一人ヴァンやユナ、サエといった主要人物が一切登場せず(サエ派の私にはそこがめっちゃ悲しい)、本編の主人公の一人ホッサルとその彼女ミラルが主役の物語である。

またスケールの大きかった本編とは異なり、医療に深く関わるという点で共通しているが、深刻でありながらもコンパクトなスケールにおさまっている。

 なので本編の時から比較的希薄だったファンタジー要素はますます薄れ、医療サスペンス ✕ 恋愛小説といった感じに仕上がっている。

ヴァンとサエが出なかったり、本編からあまり繋がっていなかったり、漢字ばかりの登場人物という点で、「微妙かなぁ....」なんて思っていたら、どんどん面白くなっていき、後半は一気読みに近いペースまで加速させられるほどのめり込んでしまった。

つまり『水底の橋』も傑作なのである。ヴァンとミラルの行く末もしっかり見届けられて本当に良かったと思える作品だ。

 

鹿の王 水底の橋 (角川文庫)

鹿の王 水底の橋 (角川文庫)

 

 

 ヴァンを主役とした続編が読みたい!

 『鹿の王』本編も外伝『水底の橋』も素晴らしい作品であるがゆえに著者に望むことがただ一つ。

ヴァンたちのその後が読みたい!!」というものである。なんなら次も外伝的な話にしてユナやサエを主人公にしても良いと思うんだよなぁ。キャラクターが魅力的というのは嬉しい反面罪深い。同人の意義を『鹿の王』に思い知らされたようである。

アニメ化もされるようだし『鹿の王』は上橋作品としてのみならず、日本を代表するファンタジー小説として後世に読み継がれていく偉大な作品となるだろう。

 

鹿の王文庫全4巻セット(角川文庫)

鹿の王文庫全4巻セット(角川文庫)

 

 

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